バージョン4.4 BBQ

 スマートシティーには、いくつかの無料施設がある。高ランカーは早くから予約可能だが、Dランカー以下は当日予約しかできないことが多い。しかも、当日になって高ランカーが無理矢理予約すると、はじかれてしまうこともある。人々は、『逆ドタキャン』と称して恐れている。



 浜辺をいろいろと満喫した6人は、お腹を空かせていた。清はそれ以上に欲求不満に襲われていた。報われない人生を嘆きつつ、ただ、欲望が満たされるのを待つしかなかった。


「さぁ、お次は渓流で涼みながらバーベキューよっ!」

「いぇーいっ!」

「お肉・お魚・お野菜・お米にデザート。全部パネーパネルで頼んであるよーっ!」

「……いっぱい……食べる……。」

「火照った身体を冷やすにはちょうどいいわっ。ねっ!」

「そ、そうだ、ねっ!」


 清たちが乗り込んだのは、浜辺に来たときとは別のバスだった。


「これって、バスというよりは……。」

「……キャンピングカーね!」

「2階へ続く階段もあるよーっ!」

「……6……7……8人分の……ベッド……。」

「キッチンまであるわ! これ、全部清くんのものでしょう!」

「そ、そうみたいだね。あははははっ!」


 天下無敵のバエレンジャーも、さすがに舌を巻いた。


 渓流入り口には、大きな建物があった。その脇にバスが止まった。6人で1度建物に入り、休憩がてら清と恵理子が便所掃除をした。そして、6人で単なるバーベキューにしては大袈裟な、大きなテントを張った。中で全員が大の字になれることをみんなで実演してたしかめた。


 バーベキューの言い出しっぺは恵理子。火を起こす大役を担った。かすみがお肉、さくらがお魚、じゅんがお野菜、美穂がデザートを管理することになった。


「清くんは、適当に寛いでくださいね!」


 かすみが言った。清は恐縮しながら答えた。


「そうもいかないよ。何か手伝うことない?」

「……火……重要……えりちと……代わって……。」

「……そうね。やはり火起こし、ですねぇ……。」


 満場一致で清が火を起こすことになった。御役御免になった恵理子は、しゅんとして何処かへ消えてしまった。清は直ぐには追いかけず、まずは火を起こそうと思ったが、苦戦。結局、数分後になってようやく小さな火種を点した。


「清くん、ありがとう!」

「あとは私たちが作っておくよーっ!」

「……いや……えりち……心配……清くん……探して……。」

「そうね。どこへ行ったのかしら……。」


 清はじゅんと美穂にせがまれて、恵理子を探しに行った。すると、大きな建物の北側の木陰に、恵理子を発見した。困った顔をしていた。清は近付いて声をかけた。


「恵理子さん。もう火は点いたよ!」

「そう! すごいね、清くん。何でもできるのね!」

「そんなことないよ。あはははは!」

「じゃあ、この扉も開けられる?」

「えっ?」

「奥に映えの匂いがするのよ! 何とか行ってみたくって」

「じゃあ、やってみるよ。ちょっと離れてみて!」


 その扉は、清と美穂が浜辺で見たものと同じつくりをしていた。清は強引にこじ開けようとして、扉にかけた手に力を込めた。


「ひらけーっ!」


 すると、扉から2mほど離れたただの壁だったところが開いた。美穂と一緒のときと全く同じに。


「清くん。すごいわーっ!」

「あははははっ。兎に角、行ってみよう!」


 らせん階段を昇ると、またも『便所掃除係休憩室』の看板を掲げた部屋があった。今度は、清は物怖じせずに扉を開け、中へ入った。その背後には恵理子が清を盾にしておどおどしながら続いた。


「すごーい! まるで、王様の隠れ家って感じねーっ!」


 いつのまにか清を追い越していた恵理子が言った。その佇まいは、浜辺のものとはまた違った趣があった。共通しているのは、全面ガラス張りなことと、便所とシャワーとベッドがあること。


「なんか、落ち着くね!」


 恵理子は、プランターに咲いた花の薫りを楽しみながら言った。そしておもむろにデバイスを取り出して、自撮りをはじめた。清は一瞬穏やかな表情をしたあと、便所掃除をはじめた。恵理子が直ぐにそれに気付いて手伝いにきた。そのとき、清は思った。


(くぅーっ! 今度こそ、100連発を見るぞ!)


 便所掃除を終えた直後、恵理子はまだシャワーを浴びはじめていない。清を見てクスリと笑いながら言った。


「清くんって、異性と一緒にシャワー浴びたことって、ある?」

「えっ? 一緒っていうのは、ないけど……。」

「私はあるんだ! お兄ちゃんだけどね!」


 恵理子は、悪戯っぽく笑った。それに清はムキになってこたえた。


「あーっ! ずるい。それなら俺だってあるんだから。妹と!」

「へーっ! 清くんって、お兄さんなんだ! 妹さんきっとかわいいんでしょうね」

「まぁね。目に入れても痛くないよ! なーんてねっ」

「なんか、妬けるぅ! 私も清くんとご一緒したいなぁーっ」


 恵理子の妹独特の甘え振りに、清はついうっかり首を縦に振った。2人で1つの影を落とし、シャワー室へと消えた。


 シャワーのあとは、用意されたベッドの上に2人して寝転んだ。


「清くん。この都市の住民のこと、どう思う?」

「どう思うも何も、まだ来たばかりで……。」

「あーっ! ずるいんだーっ。会ったばかりの私とはあーんなことしておいてっ!」

「はははははっ。正直、自分でも大胆さに驚いているんだ!」

「……一緒だね! 私も、そうなの……もう、お腹一杯で、腹ペコなのよっ!」

「えっ?」


(まっ、まずい! この雰囲気は取り逃しそうだっ!)


 清は慌てて恵理子に覆い被さろうとしたが、恵理子はするりとすり抜けて立ち上がった。


「そろそろできてる頃ね。早くみんなのところに戻りましょう」


 その瞬間、10連発の花火がこだました。清は涙ながらに、恵理子と一緒に残りの4人と合流した。そのあと、お腹だけは満たされた。

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