バージョン4.3 美穂の実力
ポイントプログラムの1つに『良いね! 多いね! 凄いね!』というのがある。これは、各種SNSへの投稿に対して『いいね!』をもらった数を競うものだ。有名人になればなるほど多いのは事実だが、Fランカーであっても、バズったときには凄い贅沢ができるようになる。参加者は1発狙いの女子が多い。
バエレンジャーの5人とバスで移動中、清は終始落ち着きがなかった。この状況にビビッて、AIに相談したかったのだが、5人が代わる代わるに清の相手をしたから、隙間の時間が全く取れなかった。そして結局そのまま最初の便所にたどり着いた。両翼2000mの白い砂浜の海岸中央の大きい建物の中。この日は気温も水温も海水浴日和。清のテンションはいきなりマックスになった。
ところが、早速ハプニングに見舞われた。恵理子が清の正面に血相を変えて立った。その背後にはかすみとじゅんが小さくなって並んでいた。
「清くん! 大変!」
「どうしたの?」
清は既に美穂やさくらと便所掃除をはじめていた。そんなのお構いなしといった感じで、後方の2人が言った。
「私たち、水着を忘れたのよ」
「……取りに……戻りたい……。」
美穂とさくら以外の3人は別のところに行く気満々だったため、水着を持ち合わせていなかった。清は3人への対応を余儀なくされた。その間も、美穂とさくらは黙々と便所掃除を続けていた。だから、清は少しでも早く戻りたかった。
「困ったなぁ。バスは俺が乗らないと動かないし……そうだっ!」
清はデバイスを操作して周囲を歩き、あるものを探しあてた。
「やっぱりあったよ。これこれ! このパネーパネルから、好きなのを選んでよ!」
「これって、パネルだったの?」
「前からあるけど、動くのを見たの、はじめてかも」
「……パネー……パネル……光る……。」
何でも頼めるパネーパネルは、都市内の至るところに設置されている。それらは王が側にいるときにしか操作できず、王がいないときは休眠状態になる。はじめのうちはその存在に驚きを隠せなかったバエレンジャーも、パネーパネルで何でも好きなものが頼めると聞いて、たくさんのものを頼んだ。それはそれは、えげつないほどに。極め付けは3人に紛れ込んでちゃっかりパネルを操作していたさくら。麦わら帽子、サングラス、日焼け止め、水鉄砲などなど、水着でないものをたくさん頼んだ。
清は、いつのまにか水着に着替えたさくらたちに日焼け止めを塗りながら、それらの品が続々と届くのを見て苦笑いするしかなかった。
「お待たせしました、かすみさん!」
「清くん、ありがとうございます!」
「いいえ。どういたしまして」
大きい建物の東端のホールで、役目を終えた清は、ようやく寛げるようになった。そして、ふと思った。
(まだ日焼け止めを、塗ってないよな……。)
浜辺へ行こうという言い出しっぺの美穂の姿が見えない。清は付近を探しに出た。すると、大きな建物の北側の影に、美穂を見つけた。
「あっ、美穂さん!」
「清くん! いかがでしょうか、この水着……。」
大きいおっぱいをアピールする第1ポーズを取りながら、美穂が言った。清は顔を真っ赤にして答えた。
「すごくお似合いですよ! 早速1枚撮らせてください」
「ええ! と、言いたいのですが……。」
美穂は何やら困っていた。清が尋ねると、美穂は何を照れているのか伏し目がちにした。
「この上に映える場所がありそうなんですが、入れなくって……。」
そう言って指差した扉はガラス製ではあるが、頑丈にロックされていた。ガラス越しに奥を見るとらせん階段があり、上の階へと続いている。美穂はバエレンジャーの勘でそこに何かがあると思い、何度も入ろうとボタンを押したりこじ開けようとしたが、扉はうんともすんともいわなかったという。
「入れないの? ようし。ひらけーっ!」
清が扉を叩きながら言うと、ウィーンという機械が作動する音とともに、扉から2mほど離れたただの壁だったところが開いた。そこには通路があり、清たちがガラス越しに見たらせん階段へと繋がっている。
「どっ、どうなってるのかしら……。」
「兎に角、行ってみよう!」
清を先頭に、2人でらせん階段を昇った。そして、大きな部屋に行き着いた。その入り口の右側には控え目な看板が掲げられていた。
「便所掃除係休憩室」
「じゃあ、ここって、清くんのものなの?」
尋ねる美穂に、清はデバイスを片手にコクリと頷いた。2人は顔を見合わせたあと、手を繋いで中へ入った。
「すごーい! まるで、ホテルの一室みたい!」
興奮気味に美穂が言った。いつでも使えるようにか、手入れは充分に行き届いている。北西の隅にはバーカウンターがあり無人サーバーが置かれている。大きめのソファーは南に向けて置かれている。便所はもちろん、シャワーやベッドも設えてある。
「わーっ! すごい眺めー!」
まだ興奮が収まらない美穂は、清のものと知りながら勝手にソファーに腰を下ろした。部屋の壁は全面ガラス張りで、西・北・東の3面は森の中のようにカクレミノの樹々が生い茂っている。海に面した南には砂浜海岸が一望できる。奥には幅2mほどのテラスがあり、2台のビーチチェアが置かれている。
「わーっ! 思った通り! いいえ。思った以上に映えるわっ!」
美穂はソファーを飛び出して、そのままテラスへ行き、今度はビーチチェアを占領した。デバイスを掲げてあっちを向いたりこっちを向いたりして、自撮りを楽しんだ。笑顔が素敵なのだが、画面からはみ出たところはかなり無理な姿勢をとっていた。清は、それを見るのがいけないことのように思えた。影の努力というものを誰も見せたくはないだろうから。
ふと、清の目に便所が映った。清は美穂と便所掃除をすることにした。それが終わると、もう美穂の姿がない。代わりにシャワー室から水が滴る音がしはじめた。バエレンジャーの行動力も半端ないが、図々しさもえげつない。
それが止まると、美穂が姿を見せた。
「清くんも浴びたら? って、全部、清くんのモノ、ですよね……。」
はにかんだ笑顔は悪戯天使のようだった。清は美穂のあまりのかわいらしさに、恥ずかしくなり、身体を冷やそうと、言われた通りシャワーを浴びた。
清がシャワー室から出ると、ベッドの上で美穂が横たわっていた。微かに聞こえる寝息。清はグッと顔を近づけて美穂の顔を覗き見た。さっきまでジャレていた子猫が急に眠りについたときのような、無邪気な寝顔だった。物音1つ立てていない清だが、その接近に気付いた美穂が不意に目を開け、起き上がった。
「清くんは、この都市をどう思う?」
「とってもいいところだと思うよ」
「そう? 本当はね、私、あんまり好きじゃなかったのよ」
「そうなの?」
「だってね。意味不明の建物が多いのよ。ここもそう」
「そっ、そうだよね。都市のバージョンも大きいし、不気味だよね!」
「そうなのよ……。」
「なんかあったら、俺に言って。全力で美穂を護るよ!」
「ふふふっ。年下のくせに生意気ねっ!」
そう言うと、美穂は優しく清の頬にキスをした。四尺玉が打ち上がったのは、それから間もなくのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます