バージョン4.2 集結
スマートシティーには、ポイントプログラムがある。これは、単調になりがちな人間の生活に刺激と潤いを与えるためのもので、簡単なクエストをクリアするとポイントが付与されたり賞品が手に入ったりする。たとえば、Fランカーが草野球でホームランを打つと『ザギンの中トロ』がもらえたりする。
AIはブラジャーの位置を正しく戻し、中シャツとジャージーを調えた。そして清の命令に従い、攻略対象を絞り込むためにYKTNの住民たちに序列をつけ、並べた。
「これといって、親密度の高い住民は居ませんね」
「まだ、誰とも1度も会ってはなしていないんだから、仕方ないだろう……。」
「いや。宣言が失敗だったのですよ!」
「うぐぐ。認めざるを得まい……。」
「ま、直接お会いになって、1から関係を築くのがよろしいかと」
「でも、早く全住民の同意を取り付けないと……。」
「それも最早、不要不急です!」
AIはドヤ顔で言った。清にしたら、全住民との距離を縮めたかっただけに、拍子抜けしてしまった。
「そうなの? 同意がないと、都市機能の変更が成立しないんじゃないの?」
「一応、あき様が同意されています。1人で充分なのです!」
「じゃあ、都市機能の変更は成立したってこと? (俺、王になったんだ!)」
「そうです。YKTNは正式に王都御殿型に、清様もちゃんと王になりました!」
「……そうなんだ。俺、もうちゃんと便所掃除王なんだ」
「はい。まぁ、その通りです。(駆け出しではありますが……。)」
AIは、またドヤ顔だった。清はそんなAIの表情に見下されたような、励まされたような、不思議な気持ちになった。そんなとき、前へ出るのが清!
「すごいぞ! 俺、便所掃除を頑張って、便器をピカピカにするよ!」
「ふふふ。そればかりは私にはお手伝いできませんけどね」
「ようしっ! 早速、便所掃除を頑張るぞーっ!」
AIは、御遷御殿以外の施設にある便所をまわることを提案。清は了承した。
「もう1つ提案です。どうでしょう、カメラを持参されては」
AIはそう言いながらカメラを清に渡した。
「そうだねっ! 早速試し撮りだ!」
清はカメラを快く受け取ると、奈江型デバイスにレンズを向けた。そうやって撮影するのを楽しみにした。
こうして清は各施設の便所掃除に勤しむかたわら、写真撮影をするという空港で思い描いた生活をおくることになった。
AIが都市の案内役を買って出た。清は奈江とデートする気分が味わえると思い、ドキドキした。だが、奈江型デバイスは御遷御殿の6階より下にはいけない。清の案内は、通常のデバイスから行われることになった。清は内心ガッカリ。
「ご一緒が御希望でしたら、法律を変えておきましょうか?」
「いいよいいよ! もう充分だから……。」
清は遠慮した直後から、後悔した。
AIは清専用バスの1台を、御遷御殿の正面のロータリーに配車した。清が徒歩でそこまで移動する間、AIはイヤホンからはなしかけた。
「まずは、海浜地区の施設を巡りましょう。便器は2基あります」
「海浜地区かぁ。そういえば、ここは島だったね」
「これからの季節、毎日でも海で過ごすことができますよ!」
「海かぁ……。あきさんの水着姿、見たいなぁ!」
「それは叶いません。あき様はメイドですから」
「どっ、どうして! たしかにメイド服を着ていたけど」
「それは、清様とヤッ……。」
AIの音声はそこで途切れた。住民が接近してきた証拠だ。清が周囲を見渡すと、かわいらしい女の子がいた。紺野美穂、17歳。あきと比べるとFカップと小振りながら、街で見掛ければ男子の視線を独占しうるほどの美少女だ。SNSに投稿し『いいね!』の数を競うという、ポイントプログラムに参加していて、昨年は夏の3ヶ月だけで1000億のいいねを集めた、世界中が注目する存在だ。清も知っていたが、生で見るのははじめて。
「あらっ! 便所掃除のお兄さんだ!」
「こっ、こんにちは。もしかして、みほみほさんですか!」
「あちゃーっ! もうバレちゃったぁ」
バレないはずがない。サングラスをかけるとか、マスクをするという軽度の変装さえしていないのだから。だが、本人は至って真面目に正体を隠そうとしていたらしい。
「御手洗清。俺、みほみほさんの大ファンなんですよ!」
「バレちゃったらしょうがない! よろしくね」
美穂は気さくに笑った。そして、清が持つカメラに気付くと、目の色を変えた。
「あれ? そのカメラ、超高性能型じゃないの!」
「はい。空港で入手したばかりで、これから試し撮りなんです」
「試し撮り? 何を写すの?」
「とりあえず、風景でも良いかなーっと思って……。」
「……でもそれ、ポートレート専用じゃない? 良かったら、私を写さない?」
「えっ、良いんですか! 俺なんかが写して!」
「もちのろん! ついでに案内もするよ! それから、お友達も呼んで良い?」
「お、お友達、ですか?」
「えりっち、かすみん、さくら、JJ!」
美穂がお友達と呼んだのは、いずれも誰もが知るほどSNSを賑わわせている人物ばかり。それでいて現実に遭遇した者は皆無で、一部ではバーチャルな存在だという都市伝説もある。その投稿内容は多彩で、スキューバダイビングをしたり温泉につかっていたりと、あらゆるレジャーシーンに及んでいる。それでいてこれまでの投稿で5人が被ったことは1度もない。だからこの5人が現実に交流しているとは誰も想像していない。よもや同じ都市に住んでいようとは思わない。清も同じで、その存在さえバーチャルではないかという都市伝説を信じていた。そんな5人を、世界中の人々は賞賛の意と畏怖の念を込めてこう呼ぶ。
『パリピのカリスマ SNS戦隊・バエレンジャー』
美穂が呼びかけてから集合までに要したのは、たったの1分。彼女たちの映え狙いの嗅覚は鋭く、好奇心は旺盛で、行動力は半端ない。
「恵理子です。よろしくお願いします!」
「私はかすみ。貴方が噂の王様ね! お会いできて光栄です」
「はじめまして。さくらです」
「じゅん……。」
(お、おくゆかしい!)
4人の丁寧な挨拶に、清は驚いた。バエレンジャーは、世間でいわれるようなパリピじゃない。投稿ネタが最も過激なじゅんに至っては、コミュ障を疑うほどシャイだった。清も丁寧に頭を下げた。
「どこからまわる? 浜辺なんてどう?」
「渓流でバーベキューってのはいかがでしょうか」
「それより島の外周をドライブしましょうよ」
「プールも良いわね!」
「……温……泉……長旅の……疲れ……癒す……。」
5人の意見は完全にばらけた。清は思った。こんな小さな島にいながら投稿が被らないのは、5人の趣味が全く違うからなのだと。この現象は、今日にはじまることではない。5人とも慣れっこで、そんな場合のはなしのまとめ方をみんなよく弁えていた。1歩前へ進み出て、大きいおっぱいをアピールする第1ポーズをとった美穂が、清に言った。
「御手洗くんは、どこがいい?」
「えっ?」
こうして、他者に判断を委ねるというのが、バエレンジャーの知る解決法。自分が意見を求められるとは思っていなかった清が、間の抜けた返事をした。それを見て、恵理子が立っているだけでもSNS映えするほどの良い姿勢で言った。
「私たちだけじゃ、いつもはなしがまとまらないんですよーっ!」
言い終わったあとは、誰でも1度はしたことのある頭をポリポリと掻く仕草だ。次に進み出たのがかすみ。
「歓迎会も兼ねるので、御手洗くんに決めてほしい、なぁ……。」
かすみは甘え上手で、清の妹を彷彿とさせた。
「そうそう。清くんの好きにして、いいよ!」
童顔でボーイッシュなさくらが唯一明るく言った。だがそれも、直ぐに暗い雰囲気の中に沈んでいった。
「……お願い……し……ます……。」
じゅんはそう言いながら前屈みになり、右手を清に差し出す姿勢をとった。他の4人もそれに倣い、お願いしますと言ったあと、手のひらをきれいに並べた。清は、全部の手のひらをよく焼いて食べたい気持ちを押さえて考えた。結論がなかなか出ずに困り果てた清。手のひらから少し上に視線を移すと、端から大きいおっぱいがきれいに並んでいた。清は顔を赤らめた。
清は、このごめんなさいとは絶対に言えない状況に戸惑いながらも、正直に言った。
「ごめん。俺、仕事の合間にしか撮影できないんだ」
「仕事って?」
「もしかして」
「本当に」
「やるの?」
「……便所……掃除……。」
「そ、その、もしかしてなんだ……。」
清の言葉に、しらけ鳥が鳴いた。だが、バエレンジャーも負けてない。
「いいわよ、仕事の合間で。そうだわ。季節柄、浜辺の便所をきれいにすべきよ!」
「便所といえば、かわや。渓流入り口に行ってみません?」
「外周道路の脇には便所が5ヶ所あるわ! どこも汚れてる」
「プールのだって、相当汚いんだからっ! お掃除してもらわないと!」
「……温……泉……長旅の……疲れ……癒す……。」
5人は手をさらに前へ出して言った。ここまでくると、誰かを選ぶより他に道がないと思った清は逡巡の挙句、決断した。
「みんなが手伝ってくれたら、撮影時間も増えると思うんだ!」
清はダメモトだと思いながらも、なるべく笑顔を繕って言った。5人は互いに顔を見合わせて、おっぱいを突き合わせて、うーんと唸りを上げた。それをまとめるようにして、美穂が言った。
「お手伝いなんて、お安い御用です! 是非、一緒にヤリましょう!」
こうして清は、終結した5人のバエレンジャーと一緒に、便所掃除して島を巡ることになった。
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