バージョン3.4 特別扱い

 ゴセンゴテン。片仮名で表記されることが多いこの建造物だが、漢字表記が存在する。『御遷御殿』と書く。それは、王が即位間もない頃に一時的に住む建物を意味している。王は、即位後1年を目処に本殿を築き、妃を迎え入れる。


 清とあきはエレベーターに乗った。


「あれ? エレベーター、動くの? 上の階に行けるんだ……。」

「えっ? 俺はエレベーターを普通に使ってるけど……。」

「……そう、なんだ……。」


 取り留めのない会話のようだが、これはあきにとっては最終確認だった。そしてあきは、清がSSSランカーだということを確信した。あきは清にとっての攻略対象だが、あきにとっても清が攻略対象なのだ。


 エレベーターを降りると、そこは6階。中央の南側、1階大広間の入り口の真上。6階から9階部分には、縦横24メートルほどの部屋がある。この部屋の3分の1は外にはみ出していて、窓ガラスは楕円の弧のような曲線を描いている。反対側の3分の1はエントランス広場にはみ出している。そこからあきは、他の31人の住人が出口を探して右往左往しているのを見た。


「みんなは、ここには来れないのかしら?」


 あきの声は、今までと違い、どこか弾んでいた。31人とは違う扱いを受けているという特別感を覚えていることが、自然にそうさせていた。


「そんなことないと思うけど。ここは6階だから」

「そうなの?」

「うん。この上の階からは、俺しか入れないってAIが言ってた」

「へぇっ。それが、清くんの部屋ってことなの?」

「まぁ、そうなるのかなぁ」

「そうなんだ……。」


 あきは思った。こんなことなら、最初から清の部屋のシャワーを使わせてもらえば良かった。そうすれば、今味わっている特別感は、さらに充実したものだったに違いない、と。だから、あきは考えた。どうやって清の部屋におじゃましようかと。あきはAIの予想以上にあざとい女だった。


「……きっと、広いんでしょう?」

「まぁね。でも、こことそんなに変わらない……。」

「……行ってみたいな、清くんの部屋。今直ぐにでも! 駄目……かな……?」

「えっ……?」


 清は驚いた。あきの発言はAIの予測とズレはじめていた。慌てた清は、あきを部屋に入れたら単なるモノを見られてしまうのではと思い、警戒した。だから、部屋に連れ込むことができない。ここから先、ハッピーエンドに向けてどうやって会話をリードすれば良いのか、清には分からなかった。だが、ここまで来て2度も大きなおっぱいを逃すわけにはいかない。これは、喰うか喰われるかの闘い。清は単独、あらん限りの恋愛知識で応戦することにした。


「でも、このシャワールーム、とっても景色が良いんだよ!」

「そう……そうなんだ……じゃあ、ここにしましょうか……。」


 あきは、今日のところは諦めて、このシャワールームで我慢することにした。母の教え、食ってしまった方が手っ取り早いというのを思い出したから。清は、ホッとする一方で、これで良かったのかどうか、不安で仕方がなかった。


 2人は、清がシャワールームと呼んだ部屋に入った。清には大きな驚きはなかったが、あきはその広さに驚いた。調度品の数々も豪華絢爛、それでいて落ち着いた雰囲気を醸し出していた。だがそれは、どう見てもシャワールームではなく、ベッドルーム。中央には円形のエロいベッドが置かれている。シャワーが部屋の北側に2つあるのは事実で、脱衣所も別々になっている。


「……シャワーって、これのこと……?」

「そうだよ」

「このパネルは何?」

「ほら。さっき言った着替えが頼めるやつ。パネーパネルっていうんだ」

「でも、これって……。」

「好きなのを頼むと良いよ」

「……。」


 あきは、驚いているのを必死に隠して押し黙った。そしてパネルを操作した。あきが驚いた理由は、注文できる着替えが全て高級品だったこと。Sランカーのあきの母親にしても頼むのを躊躇していたものがズラリと並んでいる。ブラジャー1枚で四尺玉1発ないし海外旅行ができるというほどの価値がある。


「……。」

「好きなのを頼んでね、好きなのを!」

「……。」


 清は、親戚のおじさんみたいに何度も勧めた。あきの口数は極限まで減っていた。あきの逃した魚がどんどん大きくなっていく。


「あっ、そうだ。着ているのはここに置けば洗ってくれるよ」

「……。」

「あっ、あきさん。聞いて、る?」

「はい。でも、今身に付けてるのはFカップだし、もう着ないと思うし……。」

「そう。だったら、ここに置けば処分してくれるよ」


 清は、Fカップと聞いても動揺1つしなかった。あきにはそれが怖かった。そして、大広間で会ったIカップの双子のことを思い出すと、今度は急に不安になった。おっぱいだけでは勝ち目がないのかもしれないと思った。


「……。」


 2人は別々のシャワーを使った。先に上がったのは清。目的があった。AIにアドバイスして欲しかったのだ。


「部屋に行きたいとは意外でしたが、概ね予測通り。ハッピーエンドまっしぐら!」

「そ、そうかな。自信ないけど。これからどうすれば良い?」

「外の景色でも見てのんびりしていましょう」

「えっ、それだけでいいの?」

「はい。攻略対象は既にスイッチを入れていますから」

「そう……よく分からないや……。」


 そのあとは、AIがエンディングのあとのことを説明した。ベッドの上で、便所掃除について熱く話すこと。部屋を出てエレベーターホールに来たら、直ぐに別の便所掃除をするからと言って別れを切り出すこと。別れ際に、しっかりと抱きしめてあげること。頃合いを見てエレベーターの扉を開けるから、抱擁を解きエレベーターに乗ること。その段取りは筋書きがあり全て意味があるから心して行動するようにということ。特に抱擁の時間は短くても長くても駄目。清は、AIに言われた通りにする意を固めた。


 ほどなく、あきがシャワーを終えて出てきた。タオルを巻いただけの姿。円形のベッドの清からは遠い側に腰を下ろした。清がデバイスに言った。


「シャッター! 照明! かっ、回転!」


 ガラス窓の上下からシャッターが閉じてきて、外の光を遮った。代わりに円形ベッドの側面から床に向けて暖色系の照明が炊かれた。落ち着いた、幻想的な空間になった。間接的な灯りだけでも充分に互いの顔や身体の凹凸が認識できた。そしてベッドは、あきを乗せたままゆっくりと回転した。


「そんなの……ズルい!」


 あきが言い終わったときにはもう、あきは清の1番近いところにいた。そのときには清はもう、すっかりAIのアドバイスを忘れていた。


「おれ、あきさんとヤリたい!」


 清は静かにベッドに近付き、あきに覆い被さろうとした。完全勝利を目前にしていることを自覚して、鼻の穴をぷくりと拡げた。


(Fランカーの俺が、極上GカップSSランカーといちゃいちゃできるなんて!)


 清はもう1度、大きな鼻の穴から息を吐いた。あきも既にまな板の上の鯉といった感じで、無抵抗だった。ところが……。


 ーーギュルルルルーッ!ーー


「きっ、清くん。ごめんなさい。お腹が……。」

「……ちょうど良いよ。便所掃除、しておいたから……。」


 あきは慌てて便所へと駆け込んでいった。

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