バージョン3 暗くなるまで待てない
バージョン3.1 ぱっくんとつんつん
西暦2820年6月7日。前期青春謳歌型スマートシティーYKTN24.3.2は、王都御殿型スマートシティーYKTN25.1.1へと生まれ変わった。
清が大きなベッドの上で目覚めたのは、昼前だった。着替えもせずに眠りについた清だが、その脇には大きなくまのぬいぐるみと高性能カメラが置かれていた。AIが荷物運搬用ロボットに運ばせた。AIは、清が家族のためならどんな逆境にも立ち向かえる勇敢な青年だと認識している。清は直ぐにくまとカメラに気付き、デバイスに向かってお礼を述べた。だが本当は、清には不満もあった。
「いえいえ。お礼なんて不要でございますよ! 清様」
「そういえば、メール送ってくれた?」
清はぶっきらぼうに言った。眠りにつく前にたしかに送信を指示したはず。それにしては返信がないので、AIがまだ送信していないのではないかと清は疑っていた。
「はい。3人ともそれはもう、驚いていましたよ」
AIは明るい声で言った。だが、清にはまだ信じられない。今までは一緒に住んでいたのに互いに直ぐに返信し合っていた。それなのに、もう1時間も経つというのに返信がない。清の不満は、次第に不安へと変化していった。便所掃除王というヘンテコな名称のFランカーなんか、息子とも兄とも思いたくはないのかもしれないと。
「じゃあ、どうして返信してくれないんだろう……。」
「それは無理というものです。たとえご家族でも、身分が違います」
「身分って? 便所掃除王ってこと?」
「はい、その通りです。王にメールすることは何人にもできません」
「そんなぁ……。」
清は、堅苦しさを感じた。AIは至ってマイペースに言った。
「お気持ちお察しします。ですが、王は対面にて人と接するのが正しいあり方」
「……。」
「王とて住民の承認なくして成り立ちません!」
「……。」
「家族よりも、先ずは住民と接触してください!」
「一理あるな。だったら先ず、手近な人と会ってはなすことからはじめよう!」
「そうです。その息です! 隣室にて住人のリストを表示します!」
「ようし! こうなったら便所掃除王としての職務を全うするぞ!」
清は隣室へと向かった。そこにはAIの言うリストを表示する機械があった。だがそれが、清には何だか分からなかった。直方体の箱型をした最新式の3D立体ホログラム映像装置だ。まだ実用化されていないとするのが定説で、清もそう思っていた。
「デモンストレーション画面をオンにします!」
AIがそう言い、装置を操作した。箱の中に現れたのは、妹の麗。正確にはその等身大の立体映像ということになる。本物と見分けがつかないほどの精巧さ。
「れ、麗! いつのまにそんなところに!」
すっかり本物と思い込み、今にも頭をなでなでしようとする清に、AIは言った。
「メールを確認した際の映像です」
清はAIの言葉にこの装置の機能を理解した。
「映像。これが、映像……。」
清がそうつぶやく間に、箱の中の麗はデバイスを取り出し、画面を確認した。そして、麗は空を見上げると、直ぐに麗のデバイスに向かって言った。
「返信。『おにぃ! 王様だなんて、すごいね! 便器をピカピカにしてね!』」
その声は、清がよく知る甘ったれた声だった。AIはデモと称して清のメールに対する麗の返信内容を伝えたのだ。
清は感激して、涙をちょちょぎらせた。
「麗。おにぃは、頑張るよ!」
清は便所掃除王としての過酷な任務を前に、改めて決意した。一方でAIの気遣いだということに気付き、AIに礼を述べた。
「AIこんな素敵な映像を見せてくれて、ありがとう!」
「さて、何のことでしょうか? それはあくまでデモ用ですから」
AIは何のことかとシラを切り、デモを終えると、さらに説明を加えた。3D映像の素材があれば、どんなものでも映し出すことができること。その素材は2方向から見た平面の情報から瞬時に計算して作成することができること。別の素材が持つ動きをコピーすることができること。
「組み合わせれば、清様の大好きなアイドルさんを映すこともできます」
「そ、そんなことができるの! すごい……。」
「やってみましょうか?」
AIは自慢気に言った。実は、当初清のために用意していたデモ映像は、清の大好きなアイドルだったのだ。
「いや、それよりも今は、住民のことが知りたい!」
「えーっ……。」
清に遊び心がないわけではないが、このときはそれよりも使命感が勝った。AIはつまらなそうに合いの手を入れると、早速、住民たちの映像を映した。
「岡村晴香、19歳。住人歴3年ちょうど。世話役の1人で、Bカップです」
「こっ、これって……。」
そう言ったきり、清は黙り込んでしまった。
「次は。相田佐智子、19歳。住人歴6ヶ月。同じく世話役で、Bカップ!」
「……。」
「お次は18歳の上原恵理子。住人歴2年10ヶ月。あきさんと同じGです!」
「……。」
清は赤面し、膠着していた。映像が、せめて水着姿なら清も冷静に見ることができたかもしれない。だが、晴香も佐智子も恵理子も、一糸纏わぬ姿だった。清は、直ぐにでも服を着た映像に切り替えるように言えば良かったのだが、あまりの興奮に何も言い出せなかった。女性経験のない清には、それらの映像の刺激が強過ぎたのだ。
「お次は高井まなこ、16歳。住人歴2ヶ月。やっこの妹で、同じくIカップ!」
「……。」
「最後は、あきさん。16歳。住人歴0ヶ月。取り逃したGです」
清は結局、何も言わずに全部見た。それでいて、清は32人のことをほとんど覚えていなかった。歳上の晴香と佐智子がやたらとたいらだったのに対し、清と同い年で双子の高井姉妹はやたらとぼいんぼいんだったのをのぞいて。
「では、どなたからお会いになりますか?」
「どなたって言われても、全然覚えてないよ……。」
清は、覚えられなかった理由、刺激が強過ぎるということは伝えなかった。そのためAIから散々馬鹿にされた。ふと清は3D映像装置の横を見た。そこにはごっつい装置があったのだが、清にはそれが何かも分からなかった。だから、素直にAIに聞いた。
「それは、3Dプリンターです。やってみますね!」
AIは雑な説明のあと数十秒ほどで、あるデータを基にプリントした。それは、清のためにAIが用意したとっておき。
「なっ奈江っち……。」
清が大好きなアイドル、はねっこ2820の絶対エース、奈江だった。しかも全裸。細部にまで精密に再現されていて、今にも動き出しそうだった。
「このプリンタは、おっぱいのぷりん具合も再現しています。触れてみてください」
AIは清のために用意しておいたデータを活用することができてご満悦。清は、主におっぱいをまじまじと見つめ、これは単なるモノに過ぎないと自分に言い聞かせて、そーっと右手人差し指を伸ばした。その指は、単なるモノの左側にある単なる乳房の単なる淡いピンク色をした突起に触れた。清が指を弾くと、その突起はぷりんぷりんと土台ごと何度も揺れた。同時に、清の指先に電流が走った。清には刺激が強過ぎた。
「いかがですか? 本物そっくりでしょう!」
「いや……分かんないよ……本物を知らないし……。」
清が苦笑いしている間に、AIが言った。
「では、32人の住人のデータもぷりんとプリントしますね!」
清は慌ててそれを止めた。これ以上の刺激を与えられるとおかしくなりそうだったから。
「ちょっと待って! こんなにすごいのを32体も! 置く場所が……。」
清が言い終わる前に、部屋の北側の壁が真ん中から左右に開いた。天井高3.5m、間口12m、奥行き30mの巨大な物置が口を開けた。今のところは何も置かれていない。AIは、このゴセンゴテンには同様の物置が40以上あると説明を加えた。
「ですから、問題はないかと思われますが……。」
「でっ、でも、だめ!」
「何故、だめなのです?」
「そんなの、だめに決まってるだろう!」
「いいえ。王の権利の1つです!」
「そんな権利、要らないよっ……。」
「ですが、情報を脳にインプットするには、多少インパクトがある方が都合が……。」
「……強過ぎ! インパクト強過ぎて、ぱくっとぱっくんしたくなるよ!」
清は言っている間に息も絶え絶えになっていて、言い終わったあとには静寂が訪れた。間を置いてAIが言った。
「……面白いことを言われますね……はっ! 清様は、ぱっくんがお好きなのですね」
またしばらくの間が生じた。
「生々しいよ、顔がリアル過ぎる!」
「はい。毛穴の1本に至るまで精巧ですから」
「サイズを小さくして。多少はデフォルメして!」
「なるほど。了解しました!」
AIは清の言う通りに、3Dプリンターを操作した。
「これなら、文句はありませんよね!」
数十秒で2分の1の大きさのデフォルメされた単なるモノが32体作られた。そのデフォルメはしっかりしていて、高井姉妹のおっぱいはしっかり大きく、佐智子や晴香のおっぱいはちゃんとえぐれていた。清には、文句があった。だがその前に確かめずにはいられないことがあった。だから清は、ちょうど良いよりちょっと大きめなおっぱいをもつあきを模したモノを拾い、そのおっぱいにある淡いピンク色の突起をつんつんした。
「なるほど。よくできている……。」
「清様は、つんつんもお好きなのですね。よく分かりますよ!」
「わっ分かんなくって良いから。これは王として試していただけなんだから!」
「まぁ! 私は嬉しゅうございます! 王としての御自覚が芽生えたのですね!」
「そっ、そうさ! だからAI、俺の文句を聞け!」
「はいっ、何なりとお申し付けください!」
「あっ、あぁ。言ってやるさ!」
清は文句を言おうとしたときになって、ちょっともったいないと思わなくもないのだった。それでも清が文句を言うと、AIは怪訝な声色で返事をした。
「服を、着せた方が……よろしいのでしょうか?」
「あったりまえだろ! こんなの持ってるって誰かに知れたら……。」
「……ここのセキュリティーは完璧です。王意外、誰も入れません!」
「あっ……そう……なんだ……。」
「はい。映像が表に出ることもありません」
清の心は揺れた。それはまるでぷりんぷりんの奈江のおっぱいにある淡いピンク色の突起のように。是か非かを行ったり来たりした。誰も入れないなら、決してバレない。だったら、良いのではないか。ぷりんぷりんのおっぱいで! いや、もっとぷりんぷりんでも良かったのかもしれない。それに、AIは良かれと思ってしたこと。それを咎めるということが、果たして良いことなのだろうか。逡巡とは、まさにこのことだった。
「如何致しましょうか?」
急かすようにAIが言った。じゃあこれで良いよとか、もう仕方がないなぁとか、だったらそれでオッケーなどと言えばそれで済んだ。だが清はギリギリのところで踏み止まった。
「服を……着せる服を……作れないかなぁ……。」
「あっ、なるほどーっ! その手がございましたね!」
言うが早いか、AIは単なるモノ用の服を3Dプリンターで作った。
「作業用ロボットに入室の許可をお願いします!」
「いっ、いや。これは、俺がやるよ!」
「そうですか。では終わりましたらお呼び出しください」
静寂のなか、清は単なるモノに服を着せる作業を行った。
(あっ! ここってこうなってるんだぁー!)
それはそれは、楽しいひとときだった。
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