バージョン2.4 宣言

 スマートシティーがその機能を変更するときには、住民の同意が必要となる。もし同意しない住民がいる場合、都市機能の変更がキャンセルされるか、不同意住民が転居させられるかの、いずれかとなる。



 清が男性小用便器の掃除をしている間、佐智子たち3人を乗せた車は、ゴセンゴテンに向かっていた。他の住民も同じように呼び出され、ゴセンゴテンの前のロータリーに多くの車が集まっていた。車は、ポンコツみたいに何度か停止してはまた動いていた。佐智子は、AIが何らかの事情で制御不能になったと推測した。その証拠に、車が止まっている間、ゴセンゴテンの照明が一斉に点滅したり、ロータリー中央の噴水が極限まで水を噴き上げたりと、多くの誤作動が同時に多発した。幸い、怪我人はいないようではあるが。


「AIが、暴走しているみたい……。」

「そうね。まるで甘美な刺激を享受しているような、怯えたり悦んだり……。」


 佐智子に同意して晴香が言ったが、佐智子にもあきにもそこまでの詩的な現象とは思えなかった。やがてその現象は止んだ。3人のデバイスがまた同じことを言った。


「1階の大広間にお集まりください」

「1階の大広間にお集まりください」

「1階の大広間にお集まりください」


 3人ともまた顔を見合わせた。だが、これは決して誤作動のような現象ではないということを予感した。


 3人が大広間に行くと、既に他の住人は揃っていた。佐智子と晴香がいないのを心配していた少女が言った。


「さっちゃん、はるちゃん! 良かった! あれ? お隣さんは?」


 少女の名前はこころ。もう18歳と清より歳上だが、清の妹の麗よりも見た目が幼い。精神的にも甘えん坊で、佐智子や晴香に依存することが多い。


「あきと申します。今日からここで暮らすことになりました。よろしくお願いします」


 あきは自己紹介して、まずはこころに頭を下げた。そのあとで他の住人がいる方を見て、2度・3度とお辞儀をした。そのさらにあと、あきとは初対面の全員が進み出て、挨拶を交わした。


 その頃、男性小用便器の清掃を終えた清は、AIから状況を説明されていた。


「じゃあ、住民を全て集めたの?」

「はい。あきさんも合流しています。空港跡ではなしていた佐智子や晴香と一緒に」

「ははは。何であきさんだけ敬称付きなの?」

「住民は基本敬称略ですが、あきさんは清様と親しいのでさんを付けています」

「親しいって……。」


 清は飛行機の中であきとヤり損ねたのを思い出し苦笑いした。AIは構わず続けた。


「もう少しでしたね。ちゃんとヤッたら、敬称を様にしますから」

「放っといてよ!」


 はなしは、核心へと至った。


「それより、これからのことですが……。」

「うん。これからね!」


 清は思わず口走った。


「はい。住民は1階の大広間にいます。清様には宣言をしていただきます」

「宣言? 一体何の宣言をすれば良いの?」

「都市機能の変更宣言です」

「都市機能の変更? じゃあ、ここはどうなるの?」

「清様のご到着を以て、前期青春謳歌型から王都御殿型となります!」

「王都って、王様でもいるの?」


 清はきょろきょろと周囲を見まわした。都市機能の変更には住人の同意が必要だということを清は知っていた。だが、王都御殿型がその例外であることは知らなかった。そして、どこかに王がいて、代わりに宣言をするのだということを信じて疑わなかった。AIは純潔そうにしらを切り、スカしているような清の耳に吐息を吹きかけるようにため息を吐いたあと、静かに言った。


「はぁーっ。王様となるのは、清様、貴方です!」

「えーっ!」


 清は驚き、考えた。どうして自分なんかが王なのだろうかと。そしてその思考はあらぬ方向へと向かった。空港で便所掃除王になろうと決めたこと。それが清の判断を狂わせた。Fランカーだと思い込み、SSSランカーだとは夢にも思っていないのだから仕方がない。


「運命を受け入れ、シャキッと宣言なさいませ!」


 AI檄に、清は励まされた。そして、王として宣言をしようと決めた。


「分かったよ! 俺、ヤる!」

「そうです。好きなだけおヤリください。みんな、清様をお待ちです!」

「ああっ! 御手洗清は、ヤルと決めたらヤル男だ!」


 清の鼻息に、AIは宣言のカンペがあることを言うのを辞めた。言わずとも都市の所有者として、全世界人類を平和へと導く立派な王として、このYKTNを王都御殿型都市に変更する宣言をしてくれるのだと確信したから。


 清の前の扉が開いた。その前に広がっているのは、大広間の吹き抜けの最上部に突き出たベランダ。真紅のカーテンが閉じられている。清が前に進み出てベランダに足を踏み入れると、カーテンがサーッと開いた。清は下を覗き、一瞬立ちくらみを覚えた。だが、眼下には32人の住人がいて、その中にはあきもいた。住人はカーテンが開いたことで清の登場に気付き、清を見上げた。


「あっ! 清くーん。来てたの? こっちだよーっ!」


 あきが大きく手を振った。おっぱいが大きく揺れた。清もあきの周囲にいた他の住人も、一瞬目を奪われた。清ははにかみながら手を振り返した。それは、古の王が国民に向かって手を振るようにも見えた。視線の先が清に戻り、一瞬の静寂が訪れた。


 清はその期を逃さず思いっきり息を吸い込みそれを吐き出すようにして力強く宣言した。


「今日から俺はここに住むことになりました」


 その声は、大広間の壁で反響し、下にいる住人にくまなく届いた。


「これを以て、このYKTNはー! 前期青春謳歌型女子専用都市からー!」


 清は自分の声のこだまを充分聞きながら、長めに間をとって続けた。


「王都御殿型都市へとー! 変更するー!」


 AIはカンペがないのに作法通りに清が宣言しているのが頼もしいと判断した。

 そして……。


「ここに、便所掃除王、御手洗清が宣言するーっ!」


「べっ、便所掃除王……。」

「王様……。」

「王都御殿型都市、聞いたことないわ……。」


 下では住人たちがザワザワしていた。真紅のカーテンがピシャリと締まった。

 清が満足気にベランダから部屋へと戻った。待っていたのは、お説教、罵詈雑言だった。


「どうして便所掃除王なんですか!」

「えっ、だって俺、なるって決めたから……。」

「……これはとんでもない宣言になってしまったわ!」

「はははっ。そうだよね。便所掃除王だなんて、よく考えたら格好悪いよな……。」


 清はAIの剣幕に触れ、ふと我にかえって冷静に思考しはじめた。AIはまだ興奮していた。その理由は、当然清の宣言の内容にあるのだが、清は無自覚だった。AIはため息混じりに説明した。

 宣言に附された王の名は、住民が同意をする際、その証拠として行うべきことがらとなる。つまり、住民が都市機能の変更に同意し、清を王として認めるには便所掃除をしなければならない。


「そんな。それじゃ、誰も同意してくれないかもしれないじゃないか」

「そうです。だから慌てているのですよ!」

「……俺、とんでもないことを言っちゃったんだ……。」

「はぁ……やっとお気付きのようですね……。」

「今からでも、変更は無理なの?」

「それはできません!」

「都市機能の変更をキャンセルするか、住民を追放するか、どちらかです」

「じゃあ、キャンセルしようか……。」

「冗談ではありません! 世間の笑い種もいいところです!」

「けど、住民を追放するなんて、できないよ……。」

「……こうなったら仕方ありません!」

「えっ?」

「どうやって住民に同意させるか、よく考えましょう!」

「そうだね。まだはじまったばかり。くよくよしててもしょうがない!」

「その息です。それでこそ、王ですよ!」


 清は部屋にあるベッドに自然に足を運んだ。そしてそこにばさりと寝そべった。そうなると、AIの側からははなしかけられない。ベッドの上は、プライベートスペースなのだ。まだお昼前だというのに、急に静かになると清は強い眠気に襲われた。何とか目を擦りギリギリでAIを呼び出して言った。


「父さん母さんと麗に、ここにいることを知らせたい」

「はい。引越し者は自身の所在を家族に知らせることが認められています」

「『YKTNで便所掃除王になった』ってメールして」

「はい。仰せのままに」


 清はそのままそっと目を閉じた。そして深い眠りに入った。AIは、その間に清にどうやって住民を説得させるかを、何度もシミュレーションした。

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