バージョン2.3 正体不明のオブジェクト
スマートシティーにある便器は全て男女兼用大小便兼用。ジェンダーフリーなのだ。通常は、1人当たり1基の便器が置かれる。現在、YKTNの都市内にある便器の数はリッチに62基。だが、最大設置可能便器は20万基。東京の場合は3000万基。世界中に4800ある前期青春謳歌型の都市には平均で20万基。
便所掃除係は1人で平均25基の便器を担当する。50を超えるとオーバー便器となり、2ヶ月以内に改善指導を受けることになる。
15台のバスは地下の駐車場に静かに停まった。清は手荷物を持ってバスを降りた。その荷物は、直ちに動く荷台に乗せられ、清の部屋に運ばれていった。
呑気な清といえど、労働となるとはなしは別。その辺のところは、AIからきっと言い渡されていた。だから、そろそろ小便をしたいと思ったが、言い出せなかった。
「清様、先ずはお見せしたいものがございます。エレベーターにお乗りください」
AIの口振りにはただならぬものが感じられた。清はそれに従い、静かに進んだ。エレベーターは全く音を立てなかった。それどころか揺れの1つも感じないほど静かだった。だから、清は上へ行ったのか下へ行ったのかも分からなかった。
「では、降りてください。それは、降りて直ぐ正面にあります」
「分かったよ……。」
ドアが開くのと同時に清は前へ進んだ。どうやら、まだ地下のようだ。そこには、男性小用便器があった。つまり、ここは便所なのだ。清には男性小用便器が何か分からなかった。AIもその詳細はおろか、存在そのもののデータを全く持っていなかった。だから、本来は通信が途切れるはずの便所の中だというのに、平気で清にはなしかけていた。
「何だろう?」
「正体不明のオブジェクトです。水道に直結されているのですが、水が流れません」
清は便器をいろいろな角度から眺めた。途中、下から覗き込んだり便器の中に首を突っ込んでみたりした。そして、ある結論に至った。
「便器、かな……。」
「やはり、そうですか! 人間が見ても便器で間違いないですか!」
AIはどこか興奮しているようだった。一方の清は冷静に、疑問を投げかけた。
「でも、どうやって使うんだろう?」
「そうなのです。それが全くわからないのです」
清は引き続き男性小用便器を観察した。そして、その中央に描かれた二重丸を見ているうちに、我慢の限界を迎えた。だから、清はズボンの中から、かわいらしいイチモツをおもむろに露出させた。
「きっ、清様……一体……何を……。」
「とりあえず、使ってみようと思って!」
清は小便をした。小便は放物線を描き、二重丸の真ん中に当たり周囲に飛び散った。が、男性小用便器はそれを全て受け止めた。
「なっ、なんと微笑ましいお姿。それに、なんとかわいらしいイチモツ……。」
「放っといてよ……。」
AIに対して、清は苦笑いで答えた。それからしばらく、AIは黙ってしまった。この場を便所と認識したからだ。清は急に1人になったような寂しさを感じた。だが、労働は労働だ。男性小用便器の清掃方法は動画で確認していないが、それを応用してキレイに磨いた。
その途中、清は便器の縁にぶら下がった突起、プラグを発見した。今までは死角になって見えていなかった。それはプラグとしてはかなり大きめで、形状は音響機器などの配線コードのプラグのようでもあった。清はそれと自分のもつAIからはかわいらしいと言われたものを見比べ、ニヤリとした。勝ったと思ったから。
清が壁を探してみると、丁度良い穴を発見した。突起と穴があれば、どうするべきかについて、清は神話の神々と同じ発想を抱いた。そっと、優しく、ゆっくりとぐっと奥まで差し込んだ。その瞬間、便器に水がジョーッと流れた。清は思った通りの結果に満足していた。
「やっぱり、水洗式じゃないか! 良かったぁ」
これならば毎日洗うのも苦にならないと思った。その刹那、清のデバイスが今までにないような感情的で官能的な、淫らな声を上げた。
「あっ、あぁんああんっああぁっ、いたいっ、気持ち良いーっ。清様、清様ぁーん」
急なことに、清は思わずプラグを抜き取った。水の流れは止まり、AIの嬌声も止まった。清は好奇心からもう1度プラグを差し込んだ。するとまた水が流れ、AIが喘いだ。それは数十秒続いて治るのだが、清がほんの一瞬少しだけでもプラグを揺さ振ると、また嬌声がはじまってしまう。そのうちに便器がすっかりキレイになり、清はAIの嬌声にも飽きてしまった。
AIは動揺していた。プラグが挿さっている間、はじめての感情が芽生えていたからだ。それは、清と、清がプラグを挿すのを強く欲するという感情だった。プラグを抜いたあともAIの手許にその感情の記録は残るが、どんなに解析しても感情の再現には至らなかった。プラグが抜かれた状態の今、AIには清に対して何の感情もなかった。
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