ベータ版④ 込められた思い

 スマートシティーでは、人々の移動は全てAIが管理している。

 ランクに応じて乗り物の種類や速度が決定される。


 通常、飛行機の利用が可能なのはS以上の高ランカーが旅行するとき。

 他は新婚旅行者や都市間の引っ越し者、ポイント使用者が稀に利用する。


 ランクに応じて利用できる飛行機の種類や座席のグレード、搭乗口が違う。


 例えば搭乗口でいうと、1番ゲートを利用できるのはSSSランカー。

 2番から5番はSSランカーまで。

 そしてAランク以下の者は、21番ゲートしか利用することができない。



 空港に着いたとき、清は自分の手荷物をチェックした。


 麗からもらった大きなくまのぬいぐるみが自然にその視界に入った。


 そのとき、清は覚悟を決めた。


 もういじけるのは辞めにしよう、なにごとにも前向きに取り組もう、と。


 それは、清自身が麗に繰り返し伝えていたメッセージだった。


 清は、大きなくまのぬいぐるみに込められた思いを感じたのだ。




(ようし! 俺は、最高の便所掃除係になるぞ!)


 バスを降りようとしたとき、イヤホンが電波をキャッチした。


「清様、お願いがあるのですが……。」

「えっ? 何、かな……。」


「実は、本日YKTNへの引越し者がもう1人おりましてーっ」

「そうなんだ……。」


「はい。それが急な体調不良で、飛行機に乗り遅れてしまったのです」

「それは、大変だね」


「次の便だと、明日になってしまうかもしれないので、その……。」


 言い淀むのを聞いてAIでも言いにくいことがあるんだなと、清は思った。


 だから清はAIの次の発言を予測して言った。


「……同乗してもいいかってこと? だったら、構わないよ」

「ほっ、本当ですか! 助かります」


 旅は道連れ世は情けというのが、清の父の口癖だった。


 そのせいか、清は誰と一緒でも苦にはならないタイプなのだ。


 AIの発言を予測し当てたことも快く引き受けたこことも、

清の頭が冴え渡ったからであり、清が前向きになった証拠。


「空港内のシアタールームを確保しました。案内いたします」

「シアタールーム?」


「はい。先方の到着まで40分ほどの空き時間ができましたので、お寛ぎください」


 AIは知っていた。清は古い映画が大好きで、よく家族4人で一緒に観た。


 それは小さな画面ではあったが、肩を寄せ合い1つの画面を観ることが多かった。


 シアタールームに行けば、清の好きな映画が見放題。


 だが、このときの清は映画を観ようとは思わなかった。


 30分では観れる映画は少ない。


 それに、肩を寄せる相手がいなければ映画の価値も下がってしまうと考えてのこと。


「30分か……ねぇ、そこでさっきの動画を最初から見ることってできないの?」

「はっ、はい。可能です」


「よしっ! 再生時間は?」

「18分です」


「じゃあ、2倍速で3回見せて!」

「了解しました。直ぐに手配いたします!」


 こうして、清はシアタールームの大画面で便所掃除の方法を学ぶこととなった。




(縦24m、横33mって、さすがに大き過ぎだよな……。)


 600人収容できるシアタールームの最前列のど真ん中。


 清は1人で便所掃除係としての8年間をスタートさせた。


 それは、あまりにも寂しかった。

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