ベータ版③ 清のお仕事

 人類がたどり着いた理想郷スマートシティー。人に代わって労働するのはロボット。

 生産・加工・流通・販売から医療や教育の分野までAIと融合したロボットが活躍した。


 万能と思われたロボットにも1つだけ弱点があった。


 それが、便所掃除なのだ。


 その弱点を補えるのは人間だけ。AIは青年の中から便所掃除係を選んでいた。


 そのほとんどがFランカー。Gと呼ばれる害虫の1歩手前の、いわばクソ人間。




「そっ、そんな……どうして、俺が……。」


 Fランカーなんだ。清はそう続けるつもりだった。


 しかし、あまりの悔しさにそれを言わなかった。


 AIは独自に続きを予測して、答えた。


「黙って食べましたね!」

「えっ?」


「昨日の夕食の際、貴方は鳥の唐揚げを……。」

「……たっ、食べたよっ! それがどうしたっていうのさっ!」


 清はAIの合成音声を遮って叫んだ。


 清は昨夜、たしかに『摘み食い』をしたのだ。


 摘み食い。

 それは晩のおかずなどを摘んで食べる行為で、下品な行いである。


 だが、実はAIはこの行為を摘み食いとは認定していなかった。


 清の行ったことを『毒見』として高く評価していた。


 毒見。

 それは食物が安全かどうかを実際に食して確認する勇敢な行為で、タフな行いである。


「それが理由です。清さんには拒否する権利がありますが、如何致しましょう?」


 清の視界が真っ暗になった。


(そんな。俺、どうすればいいんだろう……。)


 清は、学業も運動も平均以上ながら、どちらかというと芸術家肌。


 写真コンクールでは何度か入賞を果たしている。


 モデルにした麗のかわいさも手伝ってのことだが、それもコロンブスの卵と同じ。


 麗が美少女として名高いのは、清の作品が入賞したからといえなくもない。




 だから、清には自信があった。


 悪くても父と同じCランカー、良ければAもある。


 自分でもそう思ったし、友人の大方の予想もそれと一致した。


 模擬判定でも同様の結果を得ていた。




 それが、たった1度の摘み食いでこの有様だ。


 だからしばらくは落ち込み、立ち直ることができなかった。


 AIは、清に元気がないと判断した。


「お飲みものはいかがですか? アツシボもありますよ」

「それはそれは。至れり尽くせりで……。」


 小さな移動式の冷蔵庫が清の正面までやって来た。


 その中にはキンキンに冷えた数種類の飲みものが収まっていた。


 清は缶入りで乳酸菌飲料の原液を牛乳で割ったものを手にした。


 これは清の大好物だが、幼少期には滅多に飲むことができなかった。


 こんなところで手に入るのは嬉しい。


 だが、それがかえって最後の晩餐のように思えてしまった。


 期待させておいて便所掃除係だなんて、裏切られた気持ちだった。




 清が飲み干すと、移動式のゴミ箱がやってきた。


 清はそこに空き缶を捨てた。


「そろそろお気持ちをお聞かせ下さい」

「分かったよ。提案を受け入れるよ……。」


「ありがとうございます! それでは、映像の続きをご覧ください」


 清は、自分のランクを確かめることなく、呆然と動画を見た。


 そんな清の表情を察してAIが言った。


「しばらくお寛ぎ下さい。業務の説明は飛行機の中でもできますから」

「ははは。飛行機なんかに乗せてもらえるんだ……。」


「はい。清様専用でございますよ」

「そう。それは、凄いや……。」


 清を励ますAIの発言は、清にとっては皮肉以外の何者でもなかった。


 ロボットが行えない業務を代行する特別な人材、それが、便所掃除係なのだから。




 数分後、バスは空港に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る