ベータ版② たった1つの仕事
スマートシティーにおいて、人々は衣・食・住が完全に保障されている。
だが、平等なわけではない。
AIは人々をランク分けしている。
ランクは9段階。最上位のSSSからSS・S・A・B……となり、最下位がF。
ランクが決められるのは幼少期の行動がほとんど。
その後の生活によって上下することもある。
このランクに応じて、晩のおかずの自由度や娯楽施設を利用できる時間が決められる。
別れの余韻に浸りながらも、清は手にしたデバイスを見た。
(さて、俺の向かう都市はどこだろう……。)
デバイスには清の行き先が表示されることになっている。
どの都市に住むことになるのかは、ランクに影響される。
高ランクだと住み易い温暖な気候の都市、低ランクだと寒帯や熱帯の都市という具合だ。
緊張の面持ちで画面を覗く清。
表示された都市の名を見て、清は鼻の穴をぷくりと大きく膨らませた。
これは、驚いたり興奮したときに清がみせる癖のようなものだ。
(YKTN24.3.2? 最新式……でも、聞いたことがないな……。)
デバイスは清の顔を自動撮影し、音声を拾っている。
それらは瞬時にAIによって分析される。
清が耳にしているイヤホンが、電波を拾った。
「そんなに不安がらないでください。海も山もある、とっても良いところですよ!」
AIが編集した合成音声である。
そんなことは百も承知の清。
だが、その声のかわいらしさについ人の温もりを重ねてしまう。
清はしばしAIと会話することにした。
「あまり聞いたことのない都市だけど、どんなところなの?」
「順にご説明いたします。その前に後部中央の席に移動してください」
「移動? 席を?」
「はい。このバスには大画面が搭載されています。それを使います」
「でっ、でも、そんなことしたら、他の乗客に……。」
合成音声が清の言うことを遮って言った。
「……他に乗客はいません。このバスは、清様専用ですから!」
「せっ、専用……。」
清がまた鼻の穴を膨らませた。
「……はい。清様は特別な存在ですから!」
特別という言葉には、特別な響きがある。
清はのぼせ上がった。
評価者であるAIに特別などと言われたのだから無理はない。
少しの荷物と大きいくまのぬいぐるみを抱いて、直ぐに後部座席に向かった。
清の鼻の穴はもう限界まで大きくなっていて、変化がなかった。
だからAIは清の興奮が頂天に達していることに気付かなかった。
清が席の移動を終えると、バスの速度が上がった。
「うわぁーっ! 凄いスピード!」
周りの車は、まるでバスが通る道を開けるように端へと避けていた。
真っ直ぐに開いた道をバスは時速400Kmで進んだ。
清は、お気に入りの小説の描写を思い出した。
異世界から連れ帰った飛龍の背中に乗り街中を飛んでいるような爽快感だ。
そして自分は特別なんだと思うようになった。
天井から大きな銀幕が下がってきた。
それはまるで、1人だけの映画館のよう。
清は古い映画が好き。よく一家で1つの画面を肩を寄せ合い観たのだった。
ほどなく、画面に表示されたのはYKTNの全景。
そして、重要施設の数々だった。
「人口31名、面積約949㎢。主に2つの島からなる都市です」
「へぇーっ! 規模が東京とは全然違うんだね」
「北緯30度、東経130度。亜熱帯から亜寒帯までの気候が揃っています」
「うん、うん! それは珍しい!」
「海水浴場・天然温泉・天然雪スキー場など、レジャー施設も充実!」
清にとって、申し分のない都市だった。
特権的な人物以外には住むことが許されないような多くの好条件が揃っている。
清は、そこに住めるなんて夢のようだと思った。
だが、AIにとって特別な存在である自分ならそんな贅沢も許されるのだろうと思った。
その直後、清はそこから一気に転落した。
「便器は217基あります」
「えぇっ?」
「ですから、便器は全部で217基。1人当たり約7基です」
「う、うん? ちょっと待って。便器って、そんなに重要?」
「はい。重要です!」
「そ、そうなんだ……。」
「清様、貴方はYKTNの便所掃除係に選ばれたのです!」
「べっ、便所掃除係だって!」
どんなに科学が発達した都市でも、たった1つだけ仕事があった。
それが『便所掃除係』なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます