続・俺の女装コス好きが安比奈にバレた事から始まる物語

佐久間零式改

続・俺の女装コス好きが安比奈にバレた事から始まる物語



『今度、何のイベントに出るのか教えないと、種が拡散します』


 手芸店でアルバイトをしていた久弥安比奈ひさや あいなと出会った翌日、そんなメッセージをもらった俺は『種が拡散する』の意味が分からずしばらく考え込んだ。


 拡散する種。


 種が拡散すると何があるのだろう?


『分からん。種が拡散って何がどう拡散するんだ?』


 俺は降参とばかりにメッセージを送ると、


『あ、ごめん。間違えた。ネタが拡散だった』


 と、そんな返信が来た。


 つまり、教えてくれないと、女装コスを趣味としている事を皆に知らせる、とそう脅してきたというワケか。


『安比奈、お前って意外と馬鹿だな』


『意外も何も私は前から馬鹿よ』


『メッセージを送る前に推敲をしろよ。種が拡散とか言われても分からないって』


『間違えていたって分かればいいじゃないの。分かれば』


『ネタを種と書いてきた時点で分からない。何か深い意味があるのかと考えてしまった』


『それは失礼』


『全然悪びれてないな』


『だって、もう拡散していた事に気づいたの』


「はっ?!」


 俺は安比奈からのメッセージに対して、リアルでそんな声を上げてしまった。


 ど、ど、ど、ど、ど、どういう事なんだ?!


竜也たつやちゃん、女装コスプレイヤーと広言していないでしょ?』


『ああ、うん』


 女装コスプレイヤーはそれなりにいて、SNSのツオッターなどで広言して憚らない連中も何気に多い。


 だが、俺は違う。


 身バレするのを回避するために、SNSなどを一切やらずにイベントのみに出現するようにしているのだ。


 本名とは違う『通名』を使っているし、ちゃんと配慮している。


『竜也ちゃん、サーシャ・マイスターって名乗っているわよね?』


「どっ!?」


 俺はまたしてもリアルで奇声を上げてしまった。


 ズバリその通りだったからだ。


 いきなり正解を当てられて、俺は狼狽どころか混乱の極みといった感じでどう返答すべきか答えを見いだせなかった。


『この前のイベントであなたの事、撮影しているのよね』


『まことか?!』


『その画像、イベント終了後にツオッターでアップしているから拡散しちゃっているのよね、種を』


『種じゃなくてネタだろ』


『そうとも言うわね』


『嵐を呼ぶみたいな言い回しをしないでくれ』


『だから安心して。何に出るか教えてくれても、教えてくれなくっても、ネタは拡散しているのよ、過去に、ね』


『それは脅しになってない。というか、事後報告みたいなものだろ』


『ええ。驚いた?』


『いや、呆れている。それにだ。安比奈に撮られた覚えがないので錯乱している。いつ俺の事を撮った?』


 安比奈が何のイベントを指しているのか分かる事は分かる。


 だが、俺は記憶にないのだ。


 同級生である久弥安比奈に撮影された記憶が微塵もないのだ。


 あいつに撮られたとしたらきちんと記憶していてもおかしくはないのに。


『面倒な事が多いので、男のような格好をしているからね』


『それでか』


 カメコはどちらかと言えば、というか、九割は男だったりする。


 その中に女子高生の安比奈がいたら異質だし、何かよくない事件になったりする可能性が多少なりはあるのだろう。


 だから男っぽい格好をしているのか。


 それで気づかなかったのならば納得できる。


『今度のマーズフェスだ。俺が出る予定のイベントは。とある作品の制服コスをして参加予定だ』


 その後、安比奈からの返信はなかったし、学校ではいつも通りに接していて、イベントの話などなかったかのように振る舞っていたので、安比奈はイベントには来ないものと思っていたんだ。


 マーズフェス当日に、安比奈に話しかけられるまでは。


「竜也ちゃん、お疲れ?」


 マーズフェスの一角に設けられていたコスプレ会場に昼頃までいたのだけど、撮影されることに疲れた俺は、会場の隅っこの方に行って身体を休めていた。


 そんな時、安比奈の声がしたものだから、そっちを見るも、そこにいたのは、ちんちくりんな格好をした男だった。


 寒色系のチェックのシャツに、ケミカルウオッシュジーンズによく分からないメーカーの靴を履き、ベースボールキャップをかぶっていて、高額な一眼レフのカメラをさげていた。


 しかも、ポスターが入ったリュックサックを背負っており、一世代、いや、二世代か三世代前のオタクというような格好をした奴だった。


 なんだろう。


 その格好にはどこか見覚えがある。


「どなたです?」


 今は女装コスをしているので、男っぽさを出さないような台詞回しになっている。


 とある吹奏楽部をメインにした作品の学生服コスである以上、男のように振る舞ってはいけない。


 言葉遣いも意識しなければ、ただ女装した男になってしまう。


 自分がなりたい、自分があのキャラクターであると想定しながらの仕草振る舞い言葉遣いでなければならない。


 これは俺の矜恃だ。


「私の事が分からないの?」


 変な奴が聞き覚えのある声音で言う。


 えらくご立腹のようだ。


「どなた?」


「私よ、久弥安比奈よ。なんで分からないの? それに何よ、そのオネエ言葉」


「キャラになりきっているだけよ。それはいいとして……。あなたが安比奈なのね。オタクのコスプレをしているから気づかなかったわ。あなたもコスプレするのね」


「コスプレじゃないわよ、変装よ、変装。この格好だと女と思われないでしょ?」


 安比奈は胸を張って、鼻高々に言う。


 確かに男というか一般的なオタクにしか見えないが、変装とコスプレの境界線はどこだ?


「よく私が私である事が分かったわね」


「分かって当然でしょ」


 安比奈はしたり顔で言う。


「あなたの顔は特徴的なのよ。遠くからでもよく分かるわ」


「私の顔が特徴的? 私が男っぽい顔立ちって事?」


 遠目からでも分かるほど男だという事なのか?


 どちらかと言えば、某宝何とかの男役に近いという、お世辞なのか本音なのかを言われる事が多い、この俺が?


「中性的な顔立ちすぎるのよね。男のようで、男でない。女のようで女ではない。だから特徴的なのよ。男と女の狭間に立つ者っていう表現が一番ね」


「……男と女の狭間に立つ者」


 そういう表現をされたのは初めてだ。


 なるほど、言い得て妙だ。


「じゃ、遠慮なく撮らせてもらうわね」


 安比奈はその場にしゃがみ込むなり、カメラをローアングルに構え始める。


「ちょ、ちょっと!!」


 俺は制服のスカートの中を撮られまいと、両手で抑える。


「男なんだから撮られたっていいじゃない。撮らせなさいよ」


「嫌よ。なんであなたに撮られないといけないのよ」


「男なんだからスカートの中を撮られたっていいじゃないの」


「この中は絶対領域なのよ。撮らせる事なんてできないんだから」


 さらにローアングルから撮ろうとする安比奈に抵抗するように、スカートを両手で抑えて、全く見せないように努力をする。


「いいじゃない、減る物でもないし」


「あなたはローアングルおじさんかしら」


「違うわよ。ローアングル女子よ」


「なら、制服を着ているあなたの事をこんなローアングルで撮影してもいいっていうのね」


「いいわよ。竜也ならばね」


「何よ、それ。あなたって人は……」


 こんな奴なのか、安比奈は。


 ただの中年のおっさんと変わらないメンタルの持ち主なのか。


「そこの男の人、そのような撮影は止めてください」


 俺と安比奈がもめ事を起こしているのかと思ったのか、運営スタッフの一人が傍まで来て、そう警告をした。


「失礼ね、私は女よ」


 安比奈に言われて、運営スタッフが意外そうな顔をして当惑した。


「女性同士の過激な撮影はやるべくしないように心がけてください」


 気を取り直して、そう注意してきたが、


「私は男だから女同士の撮影ではないわよ」


 そう答えたため、運営スタッフは顔を引きつらせて言葉を詰まらせた。


 その後、他の運営スタッフが駆けつけてきて、厳重注意を受けたりしたのだが、一つというか、盛大に困った事が発生してしまった。


 騒動を起こす前の俺と安比奈のやり取りをしていたのを誰かが撮影していたようで、SNSのツオッターで拡散されてしまい、プチ炎上したのだ。


 拡散する種。


 そう表現すべきなのだろう。


 そのプチ炎上によって変な種がまかれてしまい、俺と安比奈との物語が動き出す事になったんだ。




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