5話~6話

       5


 前半の終わりが近づいて、今のスコアは〇対一。ほかの奴らもそこそこだから一点差で済んでるのは奇跡みたいなもんだった。

「由衣香、頼む!」

 しんどそうな感じで慶くんが叫んで、あたしは慶くんからのパスを受けた。かと思ったら、遊馬がぬっと前に立ってきた。

 警戒しながらも、あたしはぐいぐいボールを跨ぎ始める。あたしのオハコの高速シザースだ。

 イメージはお父さんたちの時代の有名選手、クリスティアーノ・ロナウド。それもマンUにいて、若いせいかドリブル突破が多かった頃。あたしが本気でリスペクトする、スーパーウルトラスーパースターだ。

 だけど遊馬は平気そうだった。あたしのおへそをじっと見て、重心がちっとも揺らがない。

 ずぅっと跨いでもいられないから、あたしは遊馬の左にボールを蹴った。

(抜けた!)

 喜んだ瞬間、遊馬がノー・モーションで右足を出してきた。ボールは奪われ、あたしはこけないように何歩か前によろめいた。

(あーもー、やっかいだ! こいつのディフェンス、うまいっていうか、動きが独特なんだよね。訳わかんないとこから足が出てくるし)

 あたしがいらつく一方で、遊馬はトーでスルー・パスを出した。つま先は怪我するしコントロールがつかないからダメってよく聞くけど、遊馬は完全無視みたいだ。奇想天外すぎるでしょ。

 パスはきわどい所に出たけど、うちのキーパーがナイス飛び出しで防いだ。

 ドカンと前に蹴り出したけど、すぐにホイッスルが鳴った。前半終了。苦しい展開だったからか、今までやったどの試合よりも長く感じた。


       6


「相当厳しい試合だよね。さすがは将来の日本の至宝。凡人の延長の慶太と由衣香じゃ、正直言ってモノが違う。さあてこっからだよね。根性の見せ所は」

 隣に立つ妻、遥香は、不敵で不穏な口ぶりだった。

(ああ、試合の前とか、よくこんな感じで喋ってたな。いやぁ、月日は流れたもんだ)

 遥香のなでしこ現役時代を懐かしみながら、俺は、ベンチにいる慶太と由衣香に目を遣った。

 二人とも深刻そうな表情だけど、目はまだ死んではいなかった。監督の話を、小さく頷きながら必死で聞いている。

 ミーティングが終わり、集合が解かれた。突っ立ったままの慶太と由衣香に、俺は大股で近づいた。

「ようようお前ら。だいぶ苦戦してんじゃねえか。どうだ? 遊馬が怪物にでも見えてきたか?」

 緊張をほぐすべく、俺は冗談っぽく声を掛けた。

「聞いてお父さん。遊馬あいつ、磁石かなんか使ってんのかってぐらいボールが足にへばりついてんの」

 言い聞かせるような調子の慶太の台詞に、「それ!」って感じで慶太を指差した由衣香が続く。

「慶くんうまいこと言った。絶対あいつ、メッシの生まれ変わりだって」

「おいおい由衣香。メッシを勝手に殺しちゃあだめだぞ。でも、言いたいことはよーくわかるよな」

 前掛かりな由衣香の断言に、俺は的確に突っ込みを入れた。

「遊馬は本当に優秀な選手だ。一筋縄じゃあ攻略できないよな。でもな、諦める必要はどこにもねえし、諦めてる場合でもねえんだわ」

 俺が本気の力説をすると、慶太と由衣香の顔付きに決意の色が生まれ始めた。

「俺と母さんも、何回も超難敵とバトってきたんだ。母さんなんか、同い年の男子、それも怪我するようなラフ・プレーもお構いなしな奴と、対等に渡り合ったんだよ」

 言葉を切ると、慶太たちは不思議そうな面持ちになった。当然だ。タイム・スリップについては、一度だって話しちゃあいないからな。

「現時点の能力じゃあ、お前たちは二人とも遊馬に敵わない。だから今回は、二人で協力して遊馬に一杯食わせてやれ。そんでもってこれから死ぬ気で練習して、遊馬に追いつけ引っこ抜け、だ。わかったら返事!」

 俺が全力の笑顔とともに嘯くと、「「はい!」」と、慶太と由衣香からぴりっとした返事が来た。二人とも、迷いの消えた良い顔になっている。

「お父さんの言う通り。大丈夫だよ。頭を冷やして声を出して、いつも通りにやればばっちり対処できる。自分を信じて、ね」

 冷静ながらも愛の籠もった調子で遥香も続く。俺は何度、遥香のこういう言葉に救われてきたことか。

「よしっ! お父さんたちからのパワー充電も終わったことだし、後半はさくっと反撃しちゃいますかぁ」

「うん、了解! 由衣香はもうちょい、ディフンスは離れてやったほうがいいよ。あいつじみーにスピードもあるからさ」

 慶太と由衣香は、身振り手振りを交えて後半のプレーについて話し始めた。

 二人とも目には希望と意欲を湛えており、俺は遥香と柔らかな視線を交わした。

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