3話~4話
3
試合前のアップと小一から小四チームの試合が終わり、小五チームの出番になった。
「お願いします!」と元気に叫んで、FCエステラと、対戦相手の光泉SCの小五チームのレギュラーは、初夏の日差しが降り注ぐコートに入っていった。
小学サッカーは、八人制で行われる。両チームともバック二人、中盤四人、トップ一人の布陣で、左利きの由衣香は中盤の左、右利きの慶太は中盤の右だった。
蝉が盛んに鳴くコートの外には日除けパラソルがところどころにあり、その下で保護者たちが、熱心な視線を子供たちに向けていた。ここまでならどこにでもある小学サッカーの試合風景だけど、異質なのは十五人はいる報道関係者だった。
彼らの目当ては、光泉SCの
FCエステラも全国的に有名なチームで、衣香と慶太も地元では知らない人のいない期待の選手だ。
だけど、遊馬は完全に別格だった。今日の報道関係者の関心は、「天才・遊馬が、強いとは言えど絶対的エース不在のFCエステラから何点を取るか」だった。
「初めてだよなぁ、慶太たちがここまでの遥か格上の選手とやるのは。才能の差を見せつけられて、潰れてしまわなけりゃあ良いけど」
隣に立つ瑛士が、深刻そうな調子で呟いた。
私は小さく息を吸って、気持ちを整える。
「大丈夫、慶太たちはそんなに柔じゃあない。絶対に、何かやってくれるよ。なんてったって、私と貴方の子だもの」
確信を込めた私の台詞に、「そこまでストレートだと、どーにも照れちまうな」と、瑛士は恥ずかしそうに頭を掻いた。
私がくすりと笑った次の瞬間、笛の音が響き渡り、FCエステラのトップがボールを中央から蹴り出した。
4
試合開始後、俺たちエステラは光泉を思いっきり攻めたけど、パスミスで光泉ボールになった。ディフェンスで何回かパスが回ってから、ボールは中盤の右のポジションの最強の宿敵、遊馬に渡る。
「慶くーん、焦って飛び込んじゃあダメだよー。粘って粘って粘るんだー。そうすりゃあなーんか道は見つかるからさー」
「わかってるってー。俺がぜってー突破口開いてやっから、由衣香はまあ見てなってーの」
いっつも通りの由衣香の元気声に、俺は高らかに勝利宣言してやった。正直ちょっと遊馬にはビビってるけど、態度に出したらやられちゃう。だから必殺空元気。これしかないっしょ。
気合い百パーな俺は、遊馬の全身を眺め回した。遊馬は俺より背が小さく、腕とか脚もどっちかというと細い。髪型は坊ちゃん狩りで、顔はなんか子供っぽかった。
(こんなほっそい身体で光泉のエースやってんのかよ。スポーツ選手っぽくねえぜ。油断大敵火がボウボウだけど、こいつならどうにかなんじゃないの?)
俺が不思議に思っていると、遊馬はちょんと、俺に渡すかのようにボールを前に出した。
(? なんかわからんけどラッキー!)
俺はソッコーで反応し、左足を前に出してボールを奪おうとする。
だけど遊馬は、すっと右足の裏でボールを引いた。そのまま、右、左のダブル・タッチで逆に出す。
(ちょっと待て、速すぎ……)
スライディングが不発に終わって、転けたまんまの俺は何もできない。
すぐに立って後ろを見ると、遊馬がもう二人目を抜いていた。由衣香が慌てた感じで、フォローに回っている。
でも遊馬は全然気にしてないっぽい。ぬるぬる細かく足下でボールを動かして、由衣香をめちゃくちゃホンロー(翻弄)している。
由衣香が左足を出した。うん、いいタイミング。さすがは由衣香、我が双子の姉、取れるコースだ。
と思ったけど、遊馬はカンペキだった。トー(踵)でちょんっと由衣香の股を抜き、ゴールに向かってドリブルを続ける。
そのままぬるっとキーパーまで抜き去って、遊馬はゴールを決めた。マスコミのおっちゃんおばちゃんたちが、パシャパシャ写真を撮りまくる。
(あいつヤバすぎ。神様? ペレ? どうする俺? どうやったらあれに勝てる?)
俺の頭はパニックだらけで、冗談抜きで超ピンチだった。
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