27話~28話
27
自らのゴールを見届けた桐畑は、感情を爆発させた。くるりと反対側を向き、心のままに吠えながら自陣へと大股で歩いていく。
顔全体が喜色のエドが全速力で走り込んできた。二歩ほどの距離から、桐畑を目掛けてジャンプする。
桐畑は慌てて両手を広げた。エドの軽い身体を受け止めて、後ろによろける。
数秒の後に、ぱんっと背中に衝撃がきた。エドを持ったまま桐畑は振り向いた。
ブラムが笑みとともに、労うような瞳で桐畑を見詰めていた。桐畑は、負けない大きな笑顔をブラムに返す。
他の選手も何人か集まってきていた。桐畑を囲む輪の切れ目では、ぼろぼろの遥香がよろよろと立ち上がり、穏やかな微笑を見せている。
(よっしゃぁ! とうとうやってやったぜ! 天下分け目の土壇場での、ジダンも真っ青のマルセイユ・ルーレット! からの、俺史上最高のファンタスティック・ゴールだ! 完璧超人のギディオンを、かくも鮮やかに抜き去ってやった! 今の俺にゃあ、誰一人として追随できねえよ!)
興奮が冷めやらぬ桐畑は、センター・ラインを越えた。選手たちは初めのポジションに戻り、ゲームが再開される。
まもなくして試合終了を告げるホイッスルが鳴った。ベンチに目を遣ると、起立したダンが猛々しい顔付きで叫んでいた。控えの選手も、ダンに劣らぬ勢いで喜んでいる。
センターでの整列、ベンチへの一礼の後に、両チームの選手は握手を交わす。一列になったウェブスターのメンバーは、一様に憮然とした面持ちだった。
桐畑とヴィクターの握手の番になった。怒りすら見える難しい顔のヴィクターは、桐畑の手に軽く触れるだけだった。
桐畑はぎっとヴィクターを睨み、潰すぎりぎりの力でヴィクターの手を握った。遥香への暴挙への、せめてもの仕返しだった。
ヴィクターは相手にはせず、次へと移った。握手は何事もなく終わり、桐畑たちはベンチに戻っていく。
桐畑はなんとなく、観客席に顔を向けた。だが、視界に入った物の衝撃に立ち止まり、大きく目を見張る。
少し高くなった観客席の下には、古びたボールが転がっていた。桐畑たちのタイム・スリップの切っ掛けとなった、フットボール発祥時の革のサッカー・ボールだった。
28
息を飲む桐畑は振り返り、「朝波」と、背後の遥香に小声で話し掛けた。遥香はゆったり歩きながら、鷹揚に笑い掛けてくる。
「大丈夫。君の望むタイミングで、触ってくれたら良いよ。心の準備は、とっくにできてるからさ」
遥香の口振りは優しいが、諦観を滲ませていた。一呼吸を置いた桐畑は、静かに口を開く。
「サンキュな。でもその前に、仲間に挨拶をする。突然ふっと消えられたら、みんな困るだろうし」
「わかったよ。一ヶ月強、どうもありがとう。なかなか愉快で学ぶことの多い、有意義な時間だったよ。できたら日本にいる間に、知り合ってたかったな」
「俺もだよ。心の底から、良い一ヶ月だったって感じてる。サッカーの取り組み方とか自分の人生とか。色々考えて、精神的にがっつり成長できた」
思いの丈を明確に口にすると、遥香はわずかに笑みを大きくした。
「なら、選手生命に関わる危険を冒した甲斐があったかな。当然、日本ではサッカー部に戻るよね。頑張ってね。私は、君との痛快で色鮮やかな思い出を胸に、この時代で強く生きていくからさ」
小さく頷いた桐畑は、向き直った。ベンチの前では、ホワイトフォードの面々が集合し始めていた。
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