23話~24話

       23


 後半二十五分、試合はいまだ均衡を保っていた。桐畑たち攻撃陣は、高い身体能力やオフサイド・トラップを駆使するギディオンに、為す術がなかった。

 ヴィクターは変わらず、遥香へのラフ・プレーを続けていた。しかしヴィクターのやり口は巧妙で、ファールの笛はほとんど鳴らなかった。

 遥香はひどく疲弊しており、清楚な顔を苦しげに歪めていた。ウェブスターの先制点は、時間の問題に思われた。

 ひさびさに、ホワイトフォードの攻撃となった。敵陣の中ほどで遥香は、左後ろからのパスを止めた。カウンター気味なため、左方のヴィクターは半歩、遅れていた。

 ドリブルを進めた遥香は、ペナルティー・アークの手前まで到達した。流れるような動きで、シュート・モーションに入る。

 するとヴィクターは、遥香へと右足で滑り込んだ。遥香は左足を払われた。身体がぐるんと勢い良く後ろに投げ出される。

 遥香が仰向けに転倒して、ビピッと、ファールを示す笛が鳴った。現代なら退場になり得る危険なプレーだが、この時代にはカードの制度は存在しない。

 遥香は、足を前に投げ出して長座の姿勢になった。左手は地面に突いており、呼吸と面持ちはとてつもなく苦しげで、肩は大きく上下している。あまりにも痛ましい有様に、桐畑は走って近づいた。

 桐畑、ブラム、エドを含む六人が、遥香の元へ集まった。皆が一様に、暗い面持ちだった。

「もう限界だよ。アルマは充分、奮闘してくれた。後は俺たちがどうにかするから、ベンチで休んでてくれ。俺、こんなぼろぼろなアルマ、見ていられないよ」

 ブラムは、泣き出しそうに眉を顰めながら哀願した。他の者からも、次々と同意の声が上がる。

 遥香は座り込んだまま、足を折り畳んだ。両手を使って、ぎこちない動きで立ち上がる。

「心配してくれてありがとう。でも、交代はしない。もう少しで、何かが掴めそうなの。だから、お願い。私を止めないで」

 遥香は、強い眼差しを地に向けていた。芯の通った声は、完全に遥香本来のものだった。

 桐畑は他の選手と同様に、沈黙とともに静止した。一段、別のステージにいる感のある遥香には、不用意な言葉は掛け辛かった。

 しばらくして遥香は、疲労を感じさせない確固たる足取りで歩き始めた。残された桐畑たちは、やがて無言で散っていった。


       24


 その後、遥香が得たファールで、ブラムがフリー・キックをした。ふわりとしたボールを丁寧に蹴り込むが、キーパーは軽く跳んでキャッチする。

 ボールを手に持ったキーパーは、前方を見回した。少ししてから、パント・キックを放つ。

 高弾道のボールが、遥香とヴィクターの辺りへと飛んだ。二人はボールを注視しながら、ポジション争いを始めた。

 ヴィクターが、遥香の足をがりがり削る。審判の死角だった。しかし遥香は、微塵も気に留めない。

 跳躍は、遥香がわずかに早かった。ヴィクターの力を利用して、より高くへと到達する。

 やや体勢を崩されるが、遥香は頭で左の6番に落とした。だがすぐに詰められて、ボールはコート外に出る。

 着地したヴィクターは、驚愕を湛えた目を遥香に遣った。洗練された佇まいの遥香は、意に介さずボールの行方を追っている。

(やりやがった。同年代の男子選手に、競り合いで勝っちまった。足を痛めつける気が満々のファールも巧みに掻い潜って。女子サッカー期待の星、朝波遥香。ここに来ての覚醒かよ?)

 驚きと興奮が半々の桐畑は、サイド・ステップでポジションを微調整する。ボールを手元に置いた6番が、スロー・インの助走を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る