21話~22話

       21


 五分が経過したが、試合は動かない。

 遥香は、ヴィクターとのスピード、パワーの差を先読みなどで埋めていた。しかし、ヴィクターに上を行かれる場面も、なくはなかった。

 桐畑の見立てでは、四対六でヴィクターが上回っていた。ただ、敵のエースに完璧な仕事はさせていない点では、遥香のプレーは充分に及第点だった。

 ホワイトフォードのフルバックからのボールが、センター・サークル上の遥香に向かう。背後ではヴィクターが、虎視眈々と奪取を狙っていた。

 遥香は、ツー・タッチで真左の六番へと出した。

 六番、遥香、四番と、ホワイトフォードはゆるゆると横パスを回す。その間も、フォワードの桐畑たちは、細かな動きを入れて敵を撹乱する。

 遥香は、大きな動作で四番へと走り込んだ。ヴィクターが、ほとんど遅れずに従いていく。

 四番からパスが出た。到達の直前で、遥香は急停止。ボールの勢いを殺さずに、右足の内側で左足の後ろを通す。

 トリッキーな縦パスだった。反応したヴィクターは、足を伸ばした。だがぎりぎり届かない。

 ボールは、前線で張る桐畑へと転がった。背後からは、岩石のような体躯のギディオンが、凄い圧力を掛けてくる。

 寄り掛かってギディオンを押さえる桐畑は、隣のブラムにダイレクトで渡した。すぐさま体勢を戻して、ブラムからのリターンを右めにトラップする。

(来た! 完全無欠のハンドボール・パスからの、俺の十八番の形! ギディオンをぶち抜いて、先制点は頂きだ!)

 一瞬で思考した桐畑は、大袈裟に左に踏み込んだ。さも右足で、ギディオンの右を突破する素振りを見せながら。

 ギディオンの身体が、ぴくりと右に微動した。見届けた桐畑は、右足のアウトでギディオンの左にボールを出す。

 だが、ギディオンは機敏に反応。桐畑と並走し、肩と肩とをぶつけあう。

 二人はそのまま、ペナルティー・エリアに入った。四回目の衝突で、桐畑はとうとう吹き飛ばされる。

 左に持ち出したギディオンは前を向き、どでかいキックを放った。

(全身全霊、最得意のフェイントまで楽々、ストップかよ。いよいよ手詰まり感が出てきたぜ。意地でも勝ちたい。勝ちたいけど、一体全体、何をどうすりゃ良いってんだ?)

 桐畑が焦燥を深める一方で、攻め上がったヴィクターにボールが飛んでいく。あまりにも綺麗なアウトサイド・トラップとともに、ヴィクターは前を向いた。


       22


 すでに引いていた遥香は、再びヴィクターと対峙する。手強い敵を封殺するため、ずっと必死で集中力を持続させていた。

 ヴィクターは、右足で浮かせて遥香の左に持ち出した。遥香は、とっさの斜め走りで追う。遅れは取っていなかった。

 突然にヴィクターのドリブルが大きくなった。

(取れる!)

 遥香は身体を後ろに倒し、右足でスライディング・タックル。ボールを踵で捉える。だが、事件は起こった。

 奪われた後も、ヴィクターは走りを止めなかった。上がった右足が、狙い澄ましたかのように遥香の足に振り下ろされる。

 踏まれた瞬間、足首からぐにりと音がした。まもなく鈍い痛みが来て、遥香は思わず叫んだ。

「アルマ!」ブラムの痛々しい大音声も、どこか別の世界からのものに感じる。

(ノー・ファールだ。立って追わなきゃ)

 焦りがすぐに生じるが、とっさに身体は動かない。

 遥香は俯せになり、自ゴールに目を遣る。4番がドリブルを引き継いだ様子で、ヴィクターはボールより手前のそう遠くない所を走っていた。

 4番が、ペナルティー・エリアの角でシュートを撃った。飛び込んだキーパーが、両手に当てた。外へと転がるボールを覆い被さって押さえる。

 遥香は、手を突いて立ち上がった。すると近くのチーム・メイトが、気遣わしげな面持ちとともに走り寄ってきた。

「大丈夫。なんとなく叫んじゃったけど、そこまで痛くはない。今後のプレーにも支障はないよ」

 余裕をめいっぱい含ませた笑顔を作って、遥香は穏やかに言葉を発した。納得の行かなさそうなチーム・メイトも、だんだんと各々の定位置へと戻っていく。

(さっきのスタンピング、足の動かし方から何から、どう考えてもわざとだよね。駅で踏まれかけた所と同じ箇所って点も、悪意を感じる。

 ラフ・プレーは頂けないな。勝ってる時の時間稼ぎとか、バレたらシミュレーションの反則を貰う転倒とか。みんながやってるマリーシアなら、私もするけどさ。まあ、でも、五十歩百歩かな)

 シニカルな思考を切り上げた遥香は、大きく深呼吸をした。清濁を併せ呑む難敵に食らいつくべく、さらに試合へと没入していく。

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