19話~20話
19
笛の音の瞬間、桐畑はふっと脱力して立ち止まった。歩行で息を整えてから、身体の後ろで右足首を持った。腿を伸ばすストレッチである。
「後半だけどね」と、背後から凪いだ声がした。足を戻して、振り返る。
「ヴィクターの相手は、私がするよ。桐畑君、周りと連係しながらのディフェンスは、苦手みたいだしさ」
真顔の遥香が、ゆったりと歩いて近づいてきていた。
隣を行き始めた桐畑は、できるだけ柔らかく質問する。
「朝波が、ヴィクターを? ポジションを変えるのかよ?」
「私、ボランチの経験もあるからさ。ハーフバックの真ん中に入る。それで、みんなを上手に動かして、どうにか守り抜いてみせるよ」
変わらぬ語調の遥香の申し出に、桐畑は少し逡巡した。
「ヴィクターだけどよ。フィジカルもなかなかのもんだぞ。女がどうこうってわけじゃないけど。正直、朝波にはきつい気がしてる。身体能力的にな」
「大丈夫だよ。あのぐらいなら、うまく立ち回ればぎりぎりなんとかなる。決断の時だよ、桐畑君。信じて私に任せてくれない?」
ここで初めて、遥香はほんのわずかに優しい笑みを見せた。なおも迷う桐畑は、「けどよ」と時間を稼ぐ。
「もしかしてさ。『試合中に完璧な選手に成長して、チームを勝たせてやるぜ!』って考えてる? そりゃあ、天下分け目の試合でやるには、割に合わない賭けだよ。貶す気はないけど、君は局地戦向きの選手だからさ。適材適所で効率良く行きましょうよ」
遥香の口振りに、普段の知的な余裕が戻ってきた。腹を括った桐畑は、ふうっと息を吐いた。
「そんじゃあ、ミーティングで一緒に提案すっか。俺はギディオンを、朝波はヴィクターを、完膚なきまで各個撃破。そんでもって、すっきりさっぱりチャンピオンになるって寸法でいこうぜ」
明るさを意識して、桐畑は嘯いた。手を挙げて、頭の横で右拳を握り込む。
「なーんか、熱血って感じだね。まあ、嫌いじゃあないけどさ」
呆れたような言葉の後に、すっきりした笑顔の遥香は、桐畑と同じ動作をした。まもなくして、二人はかつんとグー・タッチを交わした。
20
ミーティングが終わった。遥香と桐畑の提案は通り、ホワイトフォードは2―3―5にフォーメーションを変更した。
ハーフバックの一人がフルバックに、フォワードだった遥香がハーフバックに移動した形である。桐畑、エド、ブラムは、フォワードのままだった。
ウェブスターのボールで後半が始まり、ぱんぱんとパスが回る。ホワイトフォードのコートの中ほどで、ボール保持者のヴィクターと、遥香が向かい合った。
中央を、最後尾のギディオンが走り込んできた。守備を無視した捨て身の攻撃である。
「二枚で対応! 一人は密着! もう一人は、すぐにカバーができる位置で!」
後ろに重心を置く遥香は、ばっと後ろに右手を遣って指示をした。ギディオンに二人のマークが付く。
ヴィクターは、すばやく右足を小さく振り被った。しかし、右足はボールの上を行った。同じ足で、さっと外へと持っていく。
読んでいた遥香は、ヴィクターとほぼ同時に動き出した。スピードで勝るヴィクターに、遅れずに並走する。
遥香を抜き去れないヴィクターは、右足の裏でボールの勢いを止めた。ギディオンはバック・ステップで元の位置に戻り、ホワイトフォードの態勢が整う。
(さっすが、天下に轟く龍神女子の未来のキャプテン様だぜ。マジできっちり仕事をしてくれやがる)
高揚する桐畑は、「前から見ても、素晴らしい連係だ! 決勝は完封して、気持ちよーく明日を迎えようや!」と思いっきり喚いた。
その後、ウェブスターにトラップ・ミスがあり、ホワイトフォードは立ち上がりを無難に終えた。
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