15話~16話

       15


 ヴィクターは落ちるボールを足で去なした。3タッチ目で右方の4番へと転がす。

 前進しながらあちこちに声を張り上げる。ヴィクターの指揮に従って、ウェブスターのメンバーはシステマティックに動き始めた。

 パスを受けた4番は、すぐさま右斜め前の7番に回した。機敏な方向転換の後、ヴィクターが、「来い!」と叫んだ。スピードは桐畑よりわずかに遅いが、動作にはキレがあった。

 ヴィクターにボールが出た。中を向いて止めたヴィクターは、ぐるんと左に視線を遣った。だがフェイント。首の向きは変えないまま、走り込む7番へと右回転のパスを供給する。

 グラウンダーのボールに7番は滑り込み、中へとクロスを上げる。オフサイドぎりぎりの絶妙なコンビネーションだった。

 飛び出したキーパーが、両の拳で弾いた。ボールを収めた3番は前へと蹴ろうとするが、敵に阻まれてラインを割った。

(男子ドイツ代表を彷彿とさせる、磨き抜かれた組織力だよね。私たちみたいに、未来からタイム・スリップしてきたのかもって疑っちゃうぐらいだよ。ヴィクターって、味方の能力を深く把握してる。運動能力も低くはないしさ。

 ほんと、最後の最後で難敵に当たったもんだよね。でも諦めてなんかいられない。桐畑君のためにも、ホワイトフォードのみんなのためにも)

 決意を再確認した遥香は、パスを受けられる位置に着くべく引き始めた。胸に静かに滾る闘志は、中学時代の全日本ユースにも劣らないものだった。


       16


 前半十五分、試合はまだ動いていなかった。しかし、ペースはウェブスターが握っていた。

 ホワイトフォードがギディオンに封殺される一方、ウェブスターは、ヴィクターが起点の攻撃によって、幾度となくゴールを脅かしていた。

 ヴィクターは、後ろからのパスを受けて身体を反転させた。すぐさまゴールに向かってドリブルを始める。

 ホワイトフォードの5番が進路に立った。ヴィクターは、ちょんっと右斜め前に進路を変更。鋭く右足を振りかぶった。

 とっさに5番は、妨害すべく左足を浮かせた。だがヴィクターはモーションを急停止。右足の内側で、ボールを身体の後ろを通した。

 コースが開いた。ヴィクター、左足のイン・ステップ(甲の根元)でシュート。地を這うような速いボールがゴールの右端へ向かう。

 飛び込んだキーパーが、両手を出した。当たって前に落ちたボールをすばやく確保する。

(クライフ・ターン風のキック・フェイントからの、狙い澄ました低弾道シュート。どこどこまでも、滑らかな動きだ。「ウイイレ出身の選手ですか」っつって、くだらない質問すらしたくなるぜ)

 感服しつつも桐畑は、キーパーに手を挙げた。桐畑に顔を向けたキーパーは、パント・キックをする。

 飛来した低めのボールを、桐畑は腿で前を向いて止めた。すぐにゆっくりとパス・コースを探す。

 五mほど前に、13番を背負ったブラムがいた。桐畑は、インサイドで速いパスを送る。

 しかし桐畑が蹴る直前に、ギディオンが13番に叫んだ。13番はすっと前に出て、桐畑のパスの瞬間にオフサイドを示す笛が鳴る。

「ワン・テンポ遅いよ。さっきのタイミングじゃ、敵も判断に時間が掛けられる。普段のプレーより、気持ち早めを意識していこう」

 桐畑に澄んだ瞳を向けるブラムは、実直な声色で呼び掛けた。

「アドバイス、サンキュ。指摘の通りに、改善してくわ」桐畑は、冷静さを意識して返答した。

(ハンドボール流も、どうも縦パスがオフサイドに掛かるぜ。もっともっと頭をフル回転してかねえと、先制点は海の彼方、だな)

 反省した桐畑は、ふーっと長く息を吐いて気持ちを整えた。敵の攻撃に備えるべく、バック・ステップで自陣に引いていく。

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