13話~14話

       13


 翌日の全英フットボール大会の決勝戦は、十三時からだった。会場は、一八〇四年に設立の世界最古のグラウンドである、サンディゲート・ロード・スタジアムだった。

 サンディゲート・ロード・スタジアムは芝生のグラウンドで、三方面を木々に、残りの一方面を木の柵に囲まれていた。柵の向こうには、土の道路があった。

 雰囲気は日本の小学サッカーで使われるグラウンドに近かった。相違点はグラウンドの脇の三角屋根の家屋と、収容人数が百人ほどの、日本のプールに見られるような観客席の存在だった。

 観客席はほぼ満席で、客席の前には両チームのための木製のベンチが据えられていた。

 ウォーミング・アップが終わって、試合開始が近づいた。ダンは皆を集めて、力感に溢れた激励を行なった。これまでの鍛錬を信じて全員一丸となって優勝を手にしよう、という内容だった。

 集合が解かれて、スターティング・メンバーは試合の準備を始めた。桐畑がアキレス腱を伸ばしていると、とんっと左肩に軽い力が加わった。

「いよいよだな、ケント。精一杯やれば勝敗はどうても良い、なんて温い台詞は吐かない。絶対に勝つぞ。俺は勝利以外、考えてない」

 泰然とした声音に振り向くと、隣からブラムが右手を肩に置いてきていた。グラウンドに向ける視線は、果てしなくまっすぐだった。

 遥香との、ブラムに関する昨日の会話が頭をよぎる。だが、桐畑は思考を切り替えてブラムを見つめ返した。

「ギディオンの野郎なんかは、完全に抜けてるよな。身体のパワーの漲り方なんか、オーバーエイジかってぐらいだしよ」

「オーバーエイジ?」

 ブラムから、合点の行かない風の問い掛けが来た。

「いや、忘れてくれ。とにかく、敵はとんでもなく強えよ。でも敵も、メシを食って寝るを繰り返す、俺らとおんなじ地球人だ。付け入る隙は、腐るほどあるって」

 確信を持って断言すると、「当然だよ」と、ブラムは静かに答えた。桐畑の肩から手を離し、グラウンドに歩いていく。

(フットボール結社はもちろん、この試合には、ホワイトフォード校の全員の想いも懸かってる。縋り付いてでも勝ちたいぜ。日本に戻るうんぬんは抜きにしてもな

 それに、ウェブスターには朝波襲撃の疑惑もある。俺らが負けて、危険な連中が調子に乗る。あー、胸糞悪い。吐き気がするような展開だわな)

 考えを纏めた桐畑は、足を戻した。身体には、かつてないほどのエネルギーが満ちていた。


       14


 挨拶が終わり、メンバーはポジションに着いた。両チームともフォーメーションは、1―3―6だった。ホワイトフォードは準決勝と、ウェブスターはシェフィールドBとの練習試合と同様の配置だった。

 キックオフはホワイトフォードが得て、ボールがセンターに置かれた。

 ハーフバックの真ん中のヴィクターは、鋭い顔付きで周囲を確認していた。時折、飛ぶ端的な指示の声はきびきびしており、強いリーダーシップを感じさせた。

 ホイッスルで試合が始まり、敵陣の中ほどで桐畑がボールを収めた。左右に目を配り、右のライン際のエドに高速のパスを転がす。

 エドがトラップすると、敵の中盤の6番が寄せてきた。エドから少し離れて、半身の姿勢を取っている。

 背筋をぴんと張ったエドは、左、右、左。力感のない調子で、ゆるゆるとボールを跨ぐ。6番は軽快なテンポに、わずかに困惑した様子を見せた。

 突如として、エドは速度を上げた。右足の外側でボールを外へと遣る。

 6番の身体が、左に傾いた。次の瞬間、エドはボールを落とさずに、足の内側で切り返す。6番は転び、エドは横を抜き去った。

「ナイス・エラシコだ! やってくれんぜ。ハナっから飛ばしてくれんじゃんかよ!」

 桐畑は興奮を全力で口にした。準決勝で閃きを得たエドのドリブルは、完全に一皮剥けている。

 スピードに乗るエドに、ギディオンが相対する。速さを警戒しているのか、距離を大きく取っていた。

 エドは勢いを殺さずに、ギディオンの左へと右足で強めに蹴った。自らは右から回り込み、ボールを追う。遥香も披露したドリブレ・ダ・バッカだ。

 しかしギディオンは、爆発的な加速で追随。数歩の後に肩の一当てでエドを吹き飛ばし、ボールを確保。前線へと大きく蹴り出した。ヴィクターの「速攻だ!」の大声が、グラウンド中に鳴り響く。

(間の取り方といいボールの方向といい、さっきのエドは完全完璧、文句なしだった。あそこまであっさりストップしちまうのかよ。まあでも、テンションが上がってきたぜ。ラスボスってやつは、こうでなくっちゃ詰まらないよなぁ)

 桐畑は全速で引きながら、考えを巡らしていた。ヴィクターが鮮やかな胸トラップで前を向き、ウェブスターの反撃が始まる。

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