7話~8話

       7


 校門でのダンの話は、決勝は厳しい試合になるが懸命に戦って勝利を収めよう、という内容だった。口振りは普段と同様の、平静なものだった。

 ウェブスター校を後にした桐畑たちは、ピーダーバラ駅へと向かった。帰りの経路は、行きと同じだった。

 機関車がキングス・クロス駅に着いた。駅には多くの人がおり、自由には進めないほど混雑している。

 桐畑は、決勝戦に思いを巡らせていた。すぐ前にはブラムが、二つ前には遥香がいた。

 遥香の右方から、燕尾服姿の中年の大男が雑踏を掻き分けて歩いてきた。急いでいるのか、足取りは速かった。

 男が、遥香の右斜め前まで到達した。次の瞬間、男は高く足を上げた。勢いを付けて、前へと踏み込む。

 遥香がとっさに右足を引き、男の足は空振りに終わった。わずかに遥香たちに視線をくれた男は、早足で歩き去っていく。

「アルマ! 踏まれなかったか?」

 切羽詰まった調子で、ブラムが尋ねた。

 遥香は「大丈夫。心配してくれてありがとう」と、繊細な声音で返事をした。

(さっきの奴の歩き方は、どっからどう見ても変だ。踏まれてたら、怪我をしてた可能性は高いわな。

 決勝戦の相手校に行った帰りに、選手が怪我をしそうになる、か。偶然で片付けられなくもないけど、まー不自然だよなぁ)

 ブラムが遥香に心配そうな声を掛け続ける中、桐畑は考えに沈んでいた。


       8


 翌日の午前練習後のミーティングで、ダンは、昨日に遥香が怪我をしかけた件を重々しく告げた。ウェブスター校の名は出さなかったが、「事件や事故に巻き込まれないよう、充分に注意するように」と厳かに締めた。

 放課後の午後練習、ダンの元への全会員の集合を確認した桐畑は、「ちょっと提案、良いっすか」と高々と挙手した。

 わずかに戸惑った様子のダンだったが、「良いぞ、話してみろ」と、静かに答えた。

 手を下ろした桐畑は、一拍を置いて気持ちを整えた。

「みんなも見たように、ウェブスター校のギディオンは、並大抵のキック&ラッシュじゃ突破は難しい。まあうちも、だいぶ短いパスが回るようにはなってるんだけどな。それで俺の提案は、ハンドボールのパス・ワークの導入、です」

 桐畑は、力強く言葉を切った。

「ハンドボールって、どういう意味? 手を使ったら、ハンドじゃん」と、不思議そうなエドから突っ込みが入る。

「ディフェンスの遠くではゆっくりボールを回して、縦パスで加速。細かく繋いで守備に穴を空けて、隙を見てシュート。このハンドボールの攻撃方法を、フットボールに生かすのが俺の考え。エドの言うの通り、手と足の違いはあるけどな。指導は、経験者のダン校長にお願いしたいです」

 桐畑は熱弁を終えると、場に沈黙が訪れた。

「ケントの提言だが、私は良いように思う。百戦錬磨のウェブスター校は、キック&ラッシュには慣れているからな。熱意のある会員からの、建設的な意見だ。ぜひとも練習に取り入れたいが、異論のある者はいないか」

 実直な口振りで、ダンは問い掛けた。会員たちは皆、じっとダンを凝視している。

「では今日から、ハンドボールのパス・ワークを修得すべく、練習を組んでいく。決勝まで日がない。形になるよう、集中して臨むように。では、準備体操に移れ」

 ダンの厳格な指示に、会員たちは「「はいYes sir」」と返して、各々走っていった。

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