9話~10話

       9


 それから桐畑たちは、以前にも増して全力で練習に取り組んだ。

 ハンドボール練習の開始から八日目は、決勝戦の前日だった。桐畑たちは、一つのゴールを用いて、四対四を行なっていた。

 攻撃側は左から遥香、ブラム、桐畑、エドで、守備側には、レギュラー・メンバーの守備陣から二人ずつが入っていた。

 遥香がボールを保持する。他の三人は、周囲を確認しながら緩やかに動いている。

 遥香は、中央のブラムにパスを出した。桐畑は守備の間へと侵入し、「縦!」とボールを要求する。

 トラップをしたブラムは、桐畑へとグラウンダーのパス。ぴたりと止めた桐畑は、顔を上げた。

 右側の五mほどの場所にいるエドが視界に入った。ダイレクトで速いボールを出し、自らは前へと走り込む。

 桐畑は、左へ一歩大きく踏み込んだ。ディフェンスの重心が傾いたのを見て、右へと加速。後ろを向いたままパスを受け、守備を二人引き付ける。

 中に目を遣り、左足の外側でちょんとボールを突いた。ディフェンスの股を抜き、フリーになったブラムにボールが渡る。

 ブラムが右足を振り抜いた。高速シュートがゴールの左隅に決まる。

「攻撃陣、ナイス・プレーだ。この完成度なら、間違いなくウェブスター校にも通用する。実際は、さらに外側に二人のフォワードがいる。明日の試合では、もう一段、視野を広げるように」

 攻撃側の近くにいたダンが、鋭い声を発した。ダンの背後では、もう一つのゴールを使って同様の練習が行われている。

(よーしよし。良い感じだ。さっきの流れを完全にできりゃあ、さすがのギディオンもきりきり舞いだな。

 なんか決勝が、楽しみになってきたぜ。って俺、緊張感がなさ過ぎだな。明日の試合には、俺らの運命が懸かってるってのに)

 桐畑は、息を整えながら気持ちを高ぶらせていた。すると、「本日の練習は、ここまでだ。整理体操を終えたら、集合しろ」とダンが声を張り上げた。


       10


 体操とミーティングが終わった。遥香は着替えをすべく、他の会員と同様に更衣室へと向かっていた。すると、「アルマ」と背後から平静な声がする。

 足を止めた遥香は、振り返った。すると、神妙な顔付きのブラムがじっと見詰めてきていた。

「明日の相手は、フィールド外で敵を壊すような常識外の奴らだ。試合中に何をしてくるかわかったもんじゃない。だから、身体をぶつけたりは絶対になしだ。約束してくれ」

 ブラムの口振りは有無を言わせぬものだった。その頑なさに遥香は絶句する。しかし少し考えて口を開く。

「でも、ブラムたちは接触プレーをするんでしょ? 危険だ危険だって言ったらなんにもできないわよ。私だって、女だって、思いっきりプレーがしたい。ハンデも制約も一切なしで、みんなと同じ立場でサッカーの楽しさを味わいたいよ」

 遥香は懇願を込めて言葉を紡いだ。ブラムに自分の思いを、サッカーへの余りある熱を伝えたかった。

 しかしブラムは変わらない、変われない。「どうしてわからないんだ」とでも言いたげに、難しい面持ちでゆっくりと首を横に振る。

「アルマは忘れがちだけどな。フットボールは本来、男のためのスポーツなんだよ。止むを得ず女子がする場合は、男が危ない部分を肩代わりする。英国紳士としては、当然の心掛けだ」

 変わらぬ厳格さでもって、ブラムは反論をしてきた。遥香は「だけど」と、わずかに俯く。

 ふーっと息を吐いたブラムは、遥香への視線をさらに強めた。

「この際だから、打ち明ける。よく聞いてくれ。俺はアルマと仲違いをしてでも、アルマを大切にするよ。アルマが、好きだから」

 真っ正直な告白が来た。ブラムは揺らぎのない瞳で遥香を見つめ続けている。

 遥香は凪いだ精神状態で思考を巡らせる。

(予想はしてたけど、このタイミングで告げてくるなんてね。ほんと、どんどん状況がややこしくなってくよ)

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