5話~6話
5
ウェブスター校の対戦相手は、世界最古のフットボール・クラブである強豪、シェフィールドFCのBチーム(二軍)だった。
両チームのメンバーがポジションに着いた。シェフィールドBは2―3―5、ウェブスターは1―3―6だった。
ヴィクターは、ハーフバックの真ん中に入っていた。よく通る澄んだ声で、あちこちに指示を出している。
シェフィールドBのボールで、練習試合が始まった。ボールを受けた2番の溜めの間に、フォワードの選手が前線へと走る。
大きな助走を取った2番は、走り込む勢いをそのままにキックを放つ。
高弾道のロング・ボールが、ウェブスター陣地の深くへと飛んでいった。キック&ラッシュの見本のようなプレーだ。
シェフィールドBの9番は、落下点へと着いた。高く上がったボールが、徐々に落ちてくる。
しかし、ウェブスターのディフェンスが寄っていった。9番を肩で押し、9番はまともな跳躍さえできない。ボールは、シェフィールドBのコートまで跳ね返された。
「ギディオン! ナイス・クリア!」
ウェブスターのベンチから、威勢の良い声が飛んだ。桐畑は、ウェブスターの唯一のディフェンスの選手、ギディオンを注視し始める。
顔は卵型で、彫りは深い。整った面相の男前ではある。しかし視線は鋭く、厳つさが先に立つ印象だった。
岩石のような身体は、見るからに頑強だった。背丈も一m九十近く、立ち居振る舞いには揺るぎない存在感があった。
(マルセロに続いて、とんでもない奴が出てきたな。体格の半端なさからして、間違いなく最高学年の生徒だろ。二、三歳の年齢差があるうちのフォワード陣で、対抗できんのか? まあ、やるっきゃないんだけどよ)
桐畑は、深刻に考えながら観戦を続ける。
ウェブスターのフットボールは、精密機械のようだった。核であるヴィクターがボールを持つと、選手たちは徹底的に連動して動いた。
パスはグラウンダー(転がすボール)が中心で、フットボール黎明期のチームとは思えないほど、洗練されていた。
ヴィクターは球離れが早く、派手さのないシンプルなプレーをしていた。しかしどこまでも的確で、頭脳の明晰さがひしひしと伝わってきた。
後半の、三十分以上が経過した。スコアは、二対〇。ヴィクターの正確無比なスルー・パス二本で、ウェブスターが得点していた。
シェフィールドBのフル・バックから、最前線の7番へとパスが出た。前を向いた7番は周囲を確認し、逆サイドの5番に蹴る素振りを見せた。
その瞬間にギディオンは、「上げろ!」と吠えるように叫んだ。声に従って、ウェブスターの左ハーフバックがすっと前に出る。
7番のキックと同時に、ホイッスルが鳴らされた。オフサイドの反則だった。
「守備を一人にして、簡単にオフサイドに掛けられるようにしてるんだ。それにしても、本当に巧みに味方を動かすよね。なかなか真似はできないよ」
隣の遥香が、考え込むような声音で呟いた。
桐畑はコート内に顔を向けたまま、静かに返事をする。
「パワー、スピードはマルセロ並で、頭もキレッキレと来た。あいつの攻略には、相当骨が折れんぞ。超一流のプロを相手にしてると思って、工夫に工夫を重ねてかねえとな」
程なくして、試合終了を告げる笛が鳴った。二対〇。十代だけのチームが、二軍とはいえプロに完勝する結果だった。
6
試合後の挨拶が済んだ。両チームの面々が、荷物とともにベンチから引き上げ始める。
負けたシェフィールドBには、沈んだ面持ちの者が多かった。一方のウェブスターは勝ったにも拘わらず、一様にあっさりとした雰囲気だった。
ユニフォームと同色のベンチ・コートを身に着けたヴィクターが、確かな足取りでダンに歩み寄ってくる。
「ご観戦、お疲れ様でした。相手は紛れもない強敵でしたが、幸運にも勝ち試合をお見せできて安堵しています」
ヴィクターはなおも、どこかから借りてきたような振る舞いだった。
ダンは、微妙によそよそしい口振りで話し始める。
「今日は、どうもありがとう。決勝では、互いにベストを尽くして、英国のフットボール史に残る好ゲームにしよう」
二人はほぼ同時に手を出し、握手をした。数秒の後に、すっと手が離れる。
「校門前に移動して、ミーティングだ。ここで行うと、両チームの撤収の妨げとなる」
ぴしりと告げるや否や、ダンは歩き始めた。桐畑たちも、遅れないように後に続く。
草地に生える木々の間を抜けると、モノクロの石を四角形に舗装した道に出た。右手には、城風の建築物が立ち並んでいる。
道の左は、背丈ほどの高さの柵に囲まれた芝生のコートだった。中では、ハンドボールの練習が行われている。
一つのゴールを用いた、攻撃対守備の練習だった。攻撃側はゴールから離れた場所で、ゆったりと左右にボールを回す。守備側のプレッシャーも、まだ緩かった。
攻撃側の中央の選手に、ボールが渡った。すると一人の選手が、ゴールの近くへと移った。すぐさま、縦へのボールが出される。
攻撃側の選手は連動して、細かく速く動き始めた。ぱんぱんと小気味よく、短いパスが回る。
(……これだ。あのカンスト超人のギディオンを潰すには、これしかねえよ)
「ケント、どーしたんだ?」エドの、呑気な声が耳に届いて、桐畑は前を向いた。ホワイトフォードの一行の最後尾は、二十mほど前方だった。
「遅れて悪い。すぐ追い付く」
軽く答えた桐畑は、小走りで走り寄っていく。
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