3話~4話

       3


 ピーターバラ駅で降りた桐畑たちは、歩いてウェブスター校へと向かった。

 校名が記された瀟洒な看板を通り越して、十人分ほどの幅の道を行く。左右には、よく手入れのされた芝生と、赤く染まった広葉樹が見られる。

 桐畑は先頭のダンに続いて、道に繋がった数段の石の階段を上った。すると、ウェブスター校の校舎が目に飛び込んできた。

 白を基調とした石製の校舎は、さながら荘厳な城だった。一階部分は柱と柱の間がアーチとなっていて、下を通過できる様子だ。二階から上には、ずらりと大きな窓が並んでいる。

 三階建ての上に急角度な薄黄緑の屋根がある構造だが、階段の真正面だけは違った。三階の上にも、他より大きな窓がある。さらに上部には、槍の穂先のような屋根の間に、盤が黒で、針が金色の時計が見られた。

(こりゃあまた、すっごい雰囲気がある城だな。おとぎ話の城よりは屈強な感じで、俺はこっちのほうが好みだぜ。何日か、住みたい気すらするよな)

 桐畑は、校舎を見上げたまま圧倒されていた。

 すると、「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」と流麗な、やや高い声が聞こえた。

 桐畑は、水平に視線を戻した。すると二歩ほど前方で、後ろ手を組んだ男子生徒が、「礼節を弁えた笑顔」の手本のような表情を浮かべていた。

 男子生徒はやや面長で白人で、桐畑と同い年ぐらいに思えた。鮮やかな金と茶の中間色の髪を、オール・バックにしている。

 目鼻立ちはきりっとしており、背も低くはない。西洋人の美形と聞くと、多くの人がイメージする風貌だ。

 だが桐畑には、男子生徒は、どことなく冷たげな印象だった。

 服装は、白地のところどころに黒の線が入った、フットボールの練習着だった。服から伸びる手足は、スポーツ選手としては普通の太さである。

「ウェブスター校のフットボール・クラブでキャプテンを務めています、ヴィクター・カノーヴィルです。お見知り置きを」

 ヴィクターはくっと、ダンと片手で握手をした。またしても、型に嵌ったような所作だった。

「では、グラウンドにお連れします。従いて来ていただけますか」

 ヴィクターはすっと校舎へと向き直り、ゆったりと歩を進め始めた。ホワイトフォードの面々は、ヴィクターに続いて歩き始める。


       4


 ヴィクターと桐畑たちは芝生を貫く道を歩み続けた。ウェブスター校の雰囲気は、校舎以外は、ホワイトフォード校と近かった。

 初対面時からずっとヴィクターは、隣のダンと会話を続けていた。

「『イギリスは、女王の時代にだけ繁栄する』とする人もいますが、迷信に過ぎません。時代や指導者の性別に関係なく、イギリスは本質的に世界の中心であり得るだけの地力を持っている。これが、自分の揺るぎない信念です」

 前方に目を遣りながら、ヴィクターは主張をした。口振りには、目上への慎みと確かな自信の両方が感じられた。

 少し考えたダンは、「君がそう考える理由を、聞かせてもらえるか」と、静かに返事をした。

「産業革命を切り開くほどの、科学的思考法の発達した国だからです。これについても異論が出がちですが……」

 ヴィクターの話は続くが、桐畑は注意を切って周囲を見回した。放課後の道には、制服姿で話し込む男子生徒があちこちに見られる。

(なんとなくどの生徒も、雰囲気が似てる気がするよな。落ち着いた感じじゃああるんだけどよ。よく知らねえが、社会主義の学校だからなのか?)

 桐畑は何気なく考えながら、ヴィクターに従いていき続けた。

 五分後に一行は、広々とした芝生のグラウンドに辿り着いた。

 グラウンドは、疎らに生える木々と草地に囲まれていた。コート内では、二つのチームが試合前のウォーミング・アップをしている。

 コートから道を一つ挟んだ場所には、三角屋根の白色の建物が、ずらりと並んでいた。全体的に、ホワイトフォードより真新しい印象だった。

「では、ここで失礼します。試合の開始まで、もう少々お待ちください」

 滑らかに告げたヴィクターは、きっちりと一礼をした。顔を上げてから少し間を置き、ウェブスター校が占めている半面へと駆けていく。

「あの人、喋ってる感じは、どうも慇懃無礼だよね。本心はわからないから、口には出さないけどさ。計り知れないところがあるというか、ね」

 いつの間にか隣に来ていた遥香が、ぽつりと呟いた。顔付きは冷静だが、不審げにも取れる話し方だった。

 判断しかねる桐畑は、黙ってウォーミング・アップを見続けた。

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