15話~16話
15
ハーフ・タイムが終わりに近づいた。他の誰もコートに戻らない中、エドが一人、大股の早足でずんずんと歩いていっていた。
小走りをした桐畑は、エドの前へと回り込んだ。
「完全に立ち直ったみたいだな。やっぱお前にゃ、ウジウジは似合わん。サクッと引っくり返しちまって、あの筋肉バカに吠え面を掻かせてやろうぜ」
桐畑は、期待を籠めてエドに笑い掛けた。
「おうっ!」と、決意に満ちた様のエドから、唸るような低い声の返事が来る。
「そういやなんでマルセロは、エドがフラッシュ・バックで苦しんでるって、知ってんだ? まさか筋肉が耳まで発達してて、ウルトラ地獄耳とかってオチかよ?」
桐畑は、頭に浮かんだ疑問をぱっと口に出した。
「マルセロは、知らないと思うよ。『エドがなんで不調なのかはわからんけど、とりあえず俺の愛国心をアピって喚いときゃ復活すんだろ』ぐらいしか考えてないだろな。久しぶりに会った俺の心の中なんて、わかるわけがないし」
エドは珍しく、深く思索するような口振りだった。
(高尚な内容を叫んだかと思ったら、そんな適当な台詞だったのかよ)と、桐畑は軽く驚く。
「でも、当たってるよな。俺は今まで、なんとなく楽しいってだけでフットボールをしてきたよ。そんなんじゃあ、何かを深ーく心に決めて、頑張ってる奴には敵わねえわな」
「エド」と、桐畑の口から小さく溢れる。
「一人で突っ走るつもりはないけど、後半、がんがん俺に回してくれて良いよ。あの3番、ぜってー抜いてやるからさ」
口角を上げたエドの目は、力強く煌めいていた。普段の元気さと、強い意志とを兼ね備えた佇まいだった。
16
後半は、ホワイトフォードのキック・オフだった。
笛の音と同時に、エドが全速力で走り始めた。歩幅の大きな伸びやかな走りには、一点の迷いも感じられない。
ボールは、右ハーフ・バックの4番に下げられた。4番は顔を上げて、前方のエドに浮き玉を蹴り込む。
エドは背後からのパスを、ふわっと足元に収めた。すかさず敵の3番が詰める。
エドのさらに外側を、7番が上がっていた。エドは、7番が平行の位置に来た瞬間に、左足のインサイドで転がす。
(頭はクールで、心はホット。理想的な精神状態じゃんかよ。マルセロよ、一瞬たりとも気は抜けねえぜ。今のエドは、お前に追随するからよ)
密かに高揚する桐畑の口は、自然と綻ぶ。
7番は少し溜めてから、エドに戻した。再び、エドと3番が対峙する。
エドはふっと脱力し、棒立ちになった。そのままゆっくりと前方を見回す。
唐突にボールを前に転がしたエドは、ダッシュを始めた。ドンッ! と、音がするような勢いだった。
ポルトガルのコートの深くまで達したボールを、エドと3番が追う。超スピードの二人の戦いには、別次元の迫力があった。
ゴール・ラインのぎりぎりで、エドが中へと蹴り込んだ。しかし3番はスライディング。ボールは、コート外へと跳ねて行く。
エドは、一瞬の躊躇もなくボールを追った。地面に押さえて、ホワイトフォードがキック・インを得る。
「エドー! 良いテンポ、良いテンポ! もう一工夫を加えて、さらに変化を付けて行きましょー!」
逆サイドの遥香から快活な声が飛んだ。他の選手からも声援が続く。
ボールを地面に置いたエドは、野望を感じさせる笑みを浮かべた。
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