11話~12話

       11


 前半も、二十分が経過した。スコアは、〇対〇だった。

 エースのマルセロは持ち前のスピードとパワーを発揮して、何度もゴールを脅かしていた。しかし、二人のマークを付けた結果、辛くも失点は免れていた。

 ホワイトフォードも、良い形で攻められてはいた。だがそのほとんどを、エドが台無しにしていた。

 タックルを貰った場面から、エドの調子はおかしかった。いつも以上にオフサイドに掛かるだけでなく、ボールのトンネルや、足を縺れさせての転倒まであった。

 センター・サークルの付近で、ボールを受けたブラムがターンした。首を振っての周囲の確認の後、右斜め前のエドにパスを転がす。

 エドはボールに右足を合わせにいくが、トラップはうまくいかずボールが小バウンドする。

 エドは慌てた様子で、左足の裏で押さえた。すぐさままっすぐにドリブルを開始する。

 3番は足を出し、エドの無策なドリブルは、あっさりと阻止された。

 顔を上げた3番は、前線で待ち受けるマルセロに大きくキックする。

「良いねぇ良いねぇ。そんな風にびしっと守ってくれりゃあ、こっちもテンションうなぎ上りってもんだよ。そんじゃあそろそろ、清の皇帝も真っ青、最強の眠れる獅子のお目覚めターイム、だな」

 愉快さと強い野心を感じさせる口調で、マルセロが独り言ちた。背筋の伸びた力強いダッシュで、ボールを追い掛けて行く。

 マルセロは右足の外側で、すっとボールを止めた。

 ホワイトフォードの2番が、マルセロと対峙する。右半身を微妙に後ろに遣った2番は、厳しい表情だった。

(こりゃあ、超特大のピンチだな。ノリノリのマルセロの前に、うちの奴は一人しかいねえ。エドもなんでかすっかすかだし、先制点は、絶対にやりたくねえんだが)

 桐畑が焦燥感を深めていると、マルセロは、どんっと左足をボールの前に踏み込んだ。

 マルセロはすぐさま、右足の甲をボールの後ろへと持っていった。前後の足でボールを挟み上げて、左の踵で、とんっと蹴る。

(ここで、ヒール・キックが飛び出すかよ。ゴリゴリ系かと思ったら、テクでも魅せてくれやがるぜ)

 感嘆の思いとライバル心を同時に抱いて、桐畑は顔を歪めた。

 2番の頭上をふわりとボールが通過した。マルセロの身体で、2番の視界は制限されていた。

 2番は、慌てて動き始めた。しかしマルセロの爆発的な加速に、為す術もなく置いていかれる。

 四歩前進したマルセロは、落下の直前を左足の甲で捉えた。とてつもない縦回転のシュートが、ゴールに飛んで行く。

 キーパー、大きく跳躍。右手を伸ばすが、ボールはぎりぎり手の上を行く。

 ぐんっと落ちたドライブ・シュートが、ゴールのテープのすぐ下を通った。腰に手を当てた桐畑は、小さく息を吐く。

 〇対一。痛恨の失点だった。


       12


 ネットがないため、マルセロの蹴ったボールは、ゴール・ラインのはるか向こうまで転がっていく。全速力で取りに向かうキーパーを尻目に、桐畑は、呆然と立つエドに駆け寄った。

「どーも、プレーがばたついてんぜ。最初のスライディング・タックルで、どっか痛めたか? だったら、無理はすんなよ。怪我して交代なんか誰でもある。恥ずかしくもなんでもねえって」

 桐畑は、慈しみを籠めて話し掛けた。すると、ぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく、エドの首が桐畑へと向けられる。

「……ごめん、ケント。初めのプレーで転けた時、急に頭の中に甦った。奴隷だった頃、市場で足を引っ掛けられて転んだ記憶と。足を出してきたカトリックの司祭の息子のごみを見てるみたいな冷たい笑い顔とが。そんで俺、必死で集中しようとしたけど……」

 エドは、桐畑の向こうに目の焦点を合わせているかのような、虚ろな顔付きだった。予想外の事態に、桐畑は言葉を詰まらせる。

「……お前の抱えてるもんのしんどさは、よくわかる。いや、わかるって軽く済ませて良いわけはないけどよ。でも、初っ端の3番のタックルは反則じゃねえぜ。きっちりルールに則ったプレーだ。何とか頑張って、立ち直れねえか」

 桐畑は、重くも軽くもない声音を意識して尋ねた。しばしの沈黙の後、エドは「わかった」とぽつりと呟いた。

(予想以上に深刻な状況だったな。場合によっちゃあ、交代も検討しないとだな。けどよ、エド。どっかで過去にけりを付けないと、お前はずーっと閉じこまったまんまだぜ)

 桐畑がシリアスに考えていると、どんっと遠くから聞こえた。ボールを確保したキーパーが、コート外から蹴ってきた音だった。

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