9話~10話

       9


 ウォーミング・アップとダンの話が終わり、選手たちは各々のポジションに収まった。

 ホワイトフォードは、イートン校戦と変わらず1―3―6だった。フォワードの真ん中の四人に、遥香、ブラム、桐畑、エドの順で左から入っている点も、同じだった。

 ポルトガル代表は、2―3―5を採用しており、マルセロは左ウイング(フォワードの最も左の選手)だった。

 甲高い笛の音で、試合開始。数回のパスを経て、マルセロにボールが渡る。

 左足の裏でボールを保持するマルセロは、エドの方向に半身になった。すぐさま大きな手でメガホンを作り、口元へと当てる。

「エドー! 今から俺のドリブルで、おめえの度肝を抜いてやるー! 瞬きすら惜しんで、刮目して見とけやー!」

 大音声がコート中に鳴り響いた。隙を感じたホワイトフォードの4番が、ボールを奪取すべく素早く右足を出す。

 しかしマルセロは、突如身体を前に向けた。同時にボールを浮かし、驚異的な加速を始める。

 あっさり4番が抜かれて、2番がフォローに回る。マルセロは、勢いをそのままに右へとボールをずらした。切れのある動きに2番は追随できない。

 マルセロは、筋肉の塊の右足を振り抜いた。低弾道で飛んだボールはキーパーの正面。

(確かにドリブルはすげえ。そこは認めざるを得ねえよ。だが、シュートに関しちゃただのパワー馬鹿だな。こりゃあちょっと、光が見えてきたんじゃね?)

 桐畑は、一瞬胸を撫で下ろした。しかし即座に驚愕する羽目になる。

 マルセロが蹴ったシュートは、回転がなかった。キーパーの直前で、ボールはふっと揺れて落下する。

 なんとかキーパーは腿に当てて、ボールは前方へと転がる。敵のフォワードが詰めるが、キーパーが倒れ込んで押さえた。

(本田をホーフツとさせる無回転シュート! っていうか、この時代のやつも撃てんのかよ!)

「すっげー! 何、今のグラグラ・シュートー! おっさんになっても、相っ変わらずすかしてんなー、マルセロー!」

 桐畑が驚愕する一方で、元気が百%の声音でエドが叫んだ。耳を塞ぎたくなるほどの、音量だった。

「おっさんでもすかしてもねえけど、俺の凄さがわかったようだなー! 今日のおめーは、俺のワンマン・ショーの一観客に過ぎねえんだー! そこんとこ、よーく肝に銘じとけー!」

 マルセロは、ただちに反論した。声の大きさや気迫は、エドに負けず劣らずのものだった。


       10


「ヘーイ、キーパー! ここは俺だよ! 俺、俺! 俺にちょうだーい!」

 キーパーが立ち上がってすぐ、エドが頭上で右手を振りながら、ぴょんぴょんと跳び跳ね始めた。叫び声は、どこまでも無邪気だった。

 少し周囲を見渡した後に、キーパーは大きく蹴り出した。高く上がったボールが、エドの少し手前へと落ちていく。

 落下点を読みながらエドは引き、中の桐畑にダイレクトでパスをする。

 マークを振り切った桐畑は、ちょんと右側にボールを遣った。前に進むかのような蹴り真似を入れると、3番の重心がわずかに傾く。

 桐畑は直ちに、右足の外側でエドにキック。来た! という風な喜色のエドは、左足で大きくドリブルを始める。

 だが3番は、機敏に反応した。身体をぐっと前に倒して、スライディングを掛ける。

 エドは、ぎょっとした面持ちになった。次の瞬間、3番の脛に左足が掛かり、胸を地面に突いた体勢でずさーっと倒れ込んだ。

 3番の足の爪先が、ボールを押さえた。瞬時に立ち上がった3番は、近くの選手にパスを出した。

(際どいが、ボールに行ってるしノー・ファールだ。ってか今のタックル、エドに匹敵する神速反応だよな。ポルトガルは、マルセロだけじゃないってか。そう来なくちゃあ面白くねえよなぁ)

 気を引き締める桐畑は右手を口に当てて、エドに注意を促す。

「エドー! マルセロも半端ないけど、お前のマーカーもかなりの遣り手だぜー! 足だけじゃなくて頭もフル回転させて、賢ーくプレーをしてこうやー!」

 グラウンド中に、ぴりっとした声が響いた。桐畑は、元気がいっぱいの返事を予期していた。

 しかし、エドは倒れた姿勢のままだった。心なしか、身体がふるふると震えているようにも見えた。

 少し引っ掛かる桐畑だったが、すぐに向き直って、ボールの行方を追い始める。

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