7話~8話

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 それから一週間、桐畑たちは躍起になって練習した。ブラムもエドの事情を知っている風で、練習中、エドへの発破掛けが普段より多い印象だった。

 準決勝の当日になった。会場はホワイトフォード校なので、桐畑たちは朝からグラウンドの準備などに取り組んでいた。

 九時半に、会場の設営が終了した。桐畑とエドは隣り合って、グラウンドの中央からベンチへと歩いていく。

「今日の相手は堅守速攻が売りだから、ディフェンス陣、一対一は超しぶといぜ。気合全開、遠慮皆無で、端っから飛ばしてけよ」

 気持ちが高ぶる桐畑は、力を籠めた目でエドを凝視した。

 エドは、負けじと睨み返してきた。ただ口元は緩んでおり、試合がとても楽しみだ、と顔に書いてあった。

「言わずもがなだよ! もう、ばんばんぶっ飛ばしてくよ! そんでもって、今日は俺が全得点を決めて、伝説を作っちゃうから! ケントはまあ、アシストでも守備でも、好きなよーに必死こいて頑張ってなよ!」

 一点の曇りもない、明るい返答だった。さらに桐畑が戯けて言い返そうとすると、グラウンドの隅から大人数が歩く音がし始めた。

「ふふん、敵さんのご到着だね」

 挑発的に呟いたエドは、足音の方向に顔を向けた。桐畑も釣られて、視線を移した。

 壮年の男性を先頭に、桐畑より少し年上と見える二十人弱の男子が続いていた。皆、鮮やかな青地のところどころに、白線が入った練習着だった。

(うわっ! ガタイがおっそろしいことになってやがる! さっすがはクリロナを生んだ国。どっかが違うぜ、確実に)

 桐畑が焦っていると、「マルセロ!」と、隣から、喜びと驚愕が半々の叫び声が耳に飛び込んできた。隣ではエドが、声の通りの表情を浮かべていた。

「おめえいったい、なーにを馬鹿みたいに驚いてんだぁ? もしかして、メンバー・リストをちゃんと見てなかったのかよ? 大事な大事な、準決の対戦相手の? 相変わらずふざけてやがんな」

 間延びはしているが、よく通る声だった。桐畑がばっと目を遣ると、一人のポルトガル代表の選手が立ち止まっていた。笑顔には、遠くからでもわかるくらいの並外れたエネルギーがあった。


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 エドは全力のダッシュで、知り合いと思しきポルトガル選手に接近していった。一瞬遅れて、桐畑も追い掛ける。

 二人の近くに着いた桐畑は静止した。するとエドは、桐畑の練習着の袖を指でくいっと引っ張りながら、親しみのある目で桐畑を見上げた。

「この全身筋肉男は、トマス・マルセロ・シルヴァ・デ・フェレイラ。マルセロって呼ばれてる。俺らを自由にしてくれたポルトガルの商人の息子だよ。俺より三つ年上で、イギリスに来る前はよく遊んでやってたんだ。フットボールも、たまーにしてたな」

 遠慮がゼロのエドは、弾むような口振りだった。

 マルセロはエドの説明が終わるなり、はあ? とばかりに目を大きく見開いた。

「『遊んでやってた』って、何様のつもりなんだ。おめえは俺の後をちょろちょろ従いて回ってただけだろ? 『偉大な偉大なマルセロ様に、恐れ多くも遊んでいただいていました』が、どう考えても妥当だろが」

 マルセロは、厳つい声で冗談を返してきた。

「あはは、ジョークジョーク。怒んなよ、マルセロ」と、エドは気易く笑っている。

 桐畑はひそかに、マルセロを注視し始めた。

 やや面長な顔に、大きな目。黒髪はスポーツ刈り風だが、上部は少し他より長く、自然に逆立っている。ナイス・ガイという表現が似合う、荒々しい感じの男前だった。

 身長は、桐畑の二つ上にしては低めだった。だが、ダンに負けないほど筋骨隆々としており、佇まいは超一流の格闘家のものに近かった。「全身筋肉男」は、マルセロの本質を良く表しているように思えた。

(何だこいつは。反則だろ。クリロナの前世か何かかよ?)

 桐畑が狼狽していると、ばんっと肩に衝撃が来た。

「おめえらは学校単位で戦ってんのに、俺らは国中から選手を掻き集めたチームなんて、フェアじゃねえよな。けどピッチに入りゃあ、細かい事情は関係ねえ。今日は、ぼこぼこのずたずたにしてやるから、涙を拭く手巾(ハンカチ)は、たっぷり準備しとけよ」

 桐畑の左肩に右手を置くマルセロは、射殺さんばかりの眼力だった。口角を上げた笑顔には、脅迫に近いものを感じる。

(でかい図体をしてるだけあって、ずいぶんと大きく出やがるな。飲まれちゃあ、ジ・エンドだ。よし)

 思考を切り替えた桐畑は、マルセロの右腕に左手を添えた。目をしかと見開いて、マルセロを見詰め返す。

「まあそうやって、今のうちに粋がってれば良いっすよ。フットボールの発祥の国の底力を、じっくりがっつり体感させてあげますから。泣き過ぎて身体の水分が足んなくなんないように、せいぜい気を付けてくださいね」

「要するに、勝つのは俺らってわけだよ。悪いな、マルセロ」あっけらかんと、エドが続いた。

 するとマルセロは、おもむろに桐畑の肩から手を離した。くっと笑みを大きくしてから振り返り、他の選手の後を追い始める。

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