9話~10話

       9


 前半三十五分、失点こそないものの、ホワイトフォードは押し込まれていた。2番の迫力に気圧されて守備陣が平静さを失った結果、前へのパスの精度も落ちていた。

 縦に浮き球が出た。エドが追うが、ピピッ、オフサイドを示す笛が鳴った。

 2番が前に出てからホワイトフォードは、エドを中心にオフサイドに掛かりがちだった。現在の唯一のディフェンスである敵の17番は、一人のほうがやり易い様子だった。

 17番は、全力のダッシュでボールを拾った。すばやく地面にセットし、大きく蹴り出す。

 中盤が省略され、最前線で張った2番へとボールは向かう。

 胸で止めた2番は、右肩で左へと落とした。後ろから走り込んでいた8番が、ふわっとしたパスを出す。

 斜め四十五度のボールが、キーパーと味方の3番の間へと飛んだ。3番はヘディングをすべく、必死で追い掛ける。

 だが、ボールだけに注意が向いており、自分が行くと声を出しつつ近づくキーパーに気付かない。

 ボールが落ちる前に、3番とキーパーは衝突した。二人が縺れて転ぶ一方で、敵の2番が猛然と追う。

 ちょんとドリブルした2番は、足の内側で狙い澄ましたキック。ゴールへと転がるボールをハーフ・バックが掻き出そうとするが、スライディングは届かない。一対一。

「ディフェンスー! 声を掛け合って、コミュニケーションを取ってかねーと! ちぐはぐのコンビネーションで、どうにかなる相手じゃないっすよ!」

 苛立っていると取られないよう、桐畑は、めいっぱい抑えた声音で叫んだ。しかし、俯く守備の選手たちからは返答が来ない。

 ボールがセンターに戻されて、ホワイトフォードのボールで試合再開。ゆっくりとパスを回し、右のタッチ・ラインの近くにいるエドに、ボールが収まった。

 フォーメーションでエドの右に位置するフォワードが、エドを外から追い越してラインの上を走る。エドに詰める敵の6番が、わずかに視線を切った。

 その瞬間エドは、右インサイド、左インサイドのダブル・タッチ。高速でボールを前に出して、6番を置き去りにする。

 フォローが来る前に、エドはゴール前へとキックを放った。ボールはキーパーへと飛んでいき、駆け寄った遥香が片足で跳躍する。

 ボールが来る前に、遥香は敵のキーパーと競り合った。ヘディングで合わせてのシュートというより、キーパーを潰す意志を桐畑は感じた。

 体格の良いキーパーは意にも介さず、ボールを頭上に上げた両手で確保した。

 ぐんと加速し、遥香は足から地面に落ちた。受け身も取れずに、後ろ向きになすすべもなく転倒する。

 着地後すぐ、キーパーは大きく前へと蹴り込んだ。しかし、ほぼ同時にホイッスルが鳴る。前半の終了だった。


       10


 コートを退出した桐畑たちは、控え選手とともにベンチに座るダンの元へと集った。

「同点で折り返したが、皆が感じている通り、相手にペースを掴まれている。このままだと、二失点目も時間の問題だ。さあ、どうする? 私にも案はあるが、まずは君たちで考えろ」

 握り拳を膝に置いたダンの声色は、厳格ながらもゆったりしていた。顔付きは柔和で、椅子から離した背はぴしりと伸びている。

「俺がフルバックに回ります。んでもって、2番をマン・マークして潰します」

 意を決した桐畑は、ダンに鋭い視線を送りつつ宣言した。

 すぐさまエドが、ばっと振り返った。見開いた目からは、驚きが伝わってきた。

「マジかよ。ケント、今までずっーと、前のポジションばっかだったじゃん。ディフェンス、ちゃんとやれんのかよ」

 エドの問責するような発言に、「問題ねえよ。やるってったら、俺はやるんだよ」と、桐畑は力強く断言した。中学時代の県のトレセンで、ストッパーをした経験があった。

「異論や他の提案がある者はいるか」と、ダンは淡々と尋ねた。しかし、誰も口を開かない。

「わかった。では、ケントを後ろに下げて、フォーメーションを2ー3ー5に変更しよう」

 明るさをかすかに滲ませた口調で告げて、ダンはその後も喋り続けた。ミスの叱責は一度もなく、全てが前向きな指示だった。

「では、私からは、以上だ。健闘を祈る」

 わずかに口角の上がったダンの励ますような台詞に、「ありがとうございました」と、会員たちは声を揃えてから、その場を離れ始めた。

 桐畑が後半のプレーのイメージをしていると、「アルマ」と、沈痛な声が耳に飛び込んできた。

 振り向くとすぐ近くで、遥香とブラムが向かい合っていた。

「最後のエドのセンタリングだけど、何であんな無茶をした?」

 ブラムは、悲しみと批難の入り混じった表情だった。真顔の遥香は、ブラムの目を凝視したまま微動だにしない。

「そりゃあ、キーパーを潰してのヘディング・シュートは、得点源の一つだよ。だけどな。病み上がりの、それも女の選手がするプレーじゃあないだろ?」

 有無を言わせぬ口振りに、顔を歪めた遥香は、「でも」と、小さく声を絞り出した。

 だがブラムは、「競り勝てる可能性はほとんどないから、体力の無駄だしな」と、少し冷静さを取り戻した語調で言葉を被せる。

「とにかく、だ。試合に出るのなら、分相応のプレーを心懸けてくれ。頼むよ。俺はアルマが、大事なんだ」

 遥香の肩を緩く掴んで、ブラムは意識に刷り込むように明言した。やがて軽く視線を落として、思い出したように歩き去る。

 桐畑は、まだ動かない遥香の顔を見詰める。大丈夫かよ、と訊こうか迷うが、難しい面持ちの遥香は泣きそうですらあり、下手に声が掛けられなかった。

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