5話~6話

       5


 授業を終えた二人は、グラウンドに向かい始めた。示し合わせたわけではなかったが、自然と隣同士だった。

 会話がないまま建物の外に出て、左方の広葉樹が影を投げ掛ける石の道を歩いていく。

「授業、二時間は長いよな。どーも、集中力が切れちまう。あ、でも、朝波なら大丈夫か。めちゃくちゃ本を読んで、その辺、鍛えられてそうだし」

 淀んだ空気を払拭すべく、桐畑は、軽い調子で朝波を持ち上げた。

 不自然に長い間を置いて、遥香が、普段より抑制の効いた声で話し始める。

「うん、確かに長いし、授業時間には再考の余地ありだよね」

 微妙にずれた返答に、桐畑は、しばらく沈思黙考する。

 だが、やがて意を決して、「朝波」と真剣な調子で話し掛ける。

「なーんかさっきから、考え込んでる感じだよな。お前にはなんだかんだ、けっこう世話になってるからよ。悩みがあんなら相談に乗るぞ。一人で溜めこんでても、にっちもさっちも行かねえって。いっそぜーんぶ吐き出しちまえよ」

 すると遥香から、「ふふっ」と、思わず漏れたような笑い声が聞こえた。

「相談に乗るって、もしかして朝食の時のエドの発言関係で? そんなに白昼堂々と、セクハラ宣言をされてもね。ふーん、桐畑君ってそんな人だったんだ。私、身の危険を感じちゃうなー」

「ちょ、待て待て待て待て! 何を壮大な勘違いしてんだ! 予想外にも程があるって! 俺、んなエロ野郎じゃあねえから!」

 愉快げな指摘に焦る桐畑は、遥香に強い視線を送りつつ全力で両手を振る。

 桐畑を見詰め返す遥香は、優しげに笑っていた。「聖母のような」という比喩が頭を過るほど、大らかな笑顔だった。

「うん、わかってるよ。素敵な言葉、ありがとう。すっごい嬉しい。でも大丈夫。私は大丈夫だよ」

 遥香の謝辞は、これまで聞いたどんな台詞より耳に優しく響いてきた。


       6


 それから桐畑は、日中の授業を挟んで、早朝は体力トレーニング、放課後はボールを使った練習という、慌ただしい生活を送った。

 食事量は同じだったが体調は崩れず、桐畑は、人体の適応能力の高さを実感した。飽食への忌避感さえ生まれ始めており、現代での食事も見直す決意を固めていた。

 日曜日は講義はなく、九時から十八時まで結社の活動があった。他のパブリック・スクールの日曜礼拝や聖書講義がホワイトフォードのスポーツなんだよ、とは遥香の弁だった。

 日曜日の活動は、三人が横一列で長いボールを回しつつ、コートの端から端まで走る、などきついものもあった。

 しかし合間合間には息抜きの軽い練習があり、昼食前には、キック・ベースのような競技に取り組んだ。ダンも緩い雰囲気で参加しており、終始、和やかなムードだった。

 遥香は、怪我をしてから九日目の練習で、見学から復帰した。全体的なスピードは離脱前から落ちていたが、観察を通じて十九世紀のフットボールを理解したのか、動きの質は上がっていた。

(サッカーIQ、高っけえ)と、桐畑は感服する思いだった。

 時間は矢のように過ぎていき、遥香の復帰から五日後、全英フットボール大会の準々決勝が行われる。

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