13話~14話
13
五分弱が経過した。スコアは、〇対〇のままだった。
チームAの4番がスライディングで敵の速攻を阻んだ。タッチラインを割ったボールをすばやく拾い上げ、前のスペースを探す。
4番と桐畑の目が合った。すると4番は、右手に持ち替えたボールを肩の後ろまで引いた。凄い形相で、全力のオーバー・スローを行う。
(スローインが片手投げOKなんだもんな。もはやこれ、別のスポーツだろ。大会に勝ちゃあ日本に帰れるかもしれないってたって、なーんかやる気が出ねえよな)
冷めた思いの桐畑だったが、とりあえずボールを追う。敵陣には人が少なく、カウンターのチャンスだった。
右足で止めた桐畑は、前方に目を移す。遥香が、手を上げてパスを要求していた。
マーカーの3番は、遥香の外側にいた。さらに奥には、平行の位置にいる敵の選手が、中に絞ろうとしている。
得点のイメージを得た桐畑は内巻きのパス。キーパーと遥香の間を目掛けて転がす。
(文句なしだろ。ま、大して難しいキックじゃないがよ。トラップしてキーパーを躱せりゃ、先制点。どうにかしてみろ、サッカー・エリート、朝波さんよ)
他人事のように考えていると、遥香がボールに詰め寄った。自分の左側へのドリブルを予想したのか、キーパーが左寄りのポジションを取る。
だが、遥香はボールをスルー。自らはキーパーの左手側に走り込み、右手側、誰にも触れられずに流れていくボールに全速力で向かう。
追い付いた遥香は、止めずにイン・サイドでシュート。無人のゴールに、ボールが吸い込まれた。一対〇。
喜ぶ素振りもなく引いていく遥香を見詰めながら、桐畑は舌を巻く思いだった。
(ドリブレ・ダ・バッカ、か。ボールの勢い、マーカーの動き、オフサイドのルールまで計算に入れた、完璧な立ち回りじゃねえか。始まってからずっと、勝ち目のないボディ・コンタクトはひらひら避けて巧みにボールをコントロールしてやがるし。まったく、ナショナル・トレセン殿は違うぜ)
選手たちは、各々の定位置へと戻った。乗り切れない桐畑の耳に高い笛の音が聞こえてきて、ゲームが再び動き出す。
14
その後、試合は動かず、一対〇のまま前半が終わった。
終始遥香は、見るからに必死でプレーしていた。しかし、そう簡単に大活躍はできない。運動能力で劣っていることに加え、いまだ慣れないオフサイドのルールを、敵は上手に使い始めていた。
休憩を挟んで、後半が始まった。開始後まもなく、敵のフォワードのブラム・オリアーダの中央突破を許し、一対一の同点となった。
後半、残り五分。ゴールから二十mほどの場所で、ブラムがボールを持った。寄せてきた5番を一瞬の隙を突いてボールを縦に出し、突破する。
5番が抜かれて、3番がフォローに来た。すかさずブラムは、3番が付いていた右ウイング(フォワードの最も右)のエドに、平行のパス。だが前へ行こうとしていたエドとは噛み合わず、ボールは外に出た。
両手を腰より少し下に当てたブラムは、大人びた口振りでエドを諭す。
「エド。試合のたびに言ってるけどな。お前、スピードはあるから、オフサイド癖さえどうにかなればホワイトフォードの切り札になれるよ。しっかり頼むぞ」
「おう、悪い。どーも引っ掛かちまうんだよな。次はなんとかするからさ、どんどんボール、くれたら良いよ」
悪びれる様子もないエドは、ブラムを見ながらぐっと親指を立てて、軽い声で答えた。
スローインのボールが、遥香に渡った。すぐさま左ハーフバックの6番に預けて、前へと上がっていく。
ペナルティ・アークのあたりに移った遥香は、唐突に数歩、前方にダッシュした。敵の選手が、慌てて引こうとする。
しかし遥香は、二歩で方向転換。敵を置き去りにしてフリーでパスを受け、前を向いた。
即座に、平行に位置取る桐畑にボールを出した。トラップした桐畑は、数回前にドリブルし、シュートを放つ。
ゴールの左端にボールは飛んだ。キーパー、跳躍して阻止。ボールがゴール・ラインを割る。
(あ、出たから追わなきゃなんねえのか。まあいっか)
一瞬の思考の後に、桐畑は立ち止まった。しかし間もなく、二人の選手が視界に入ってくる。
敵の2番と遥香が、全速力でボールに向かっていた。スタート地点が近かったのか、わずかに遥香が先行している。
が、ぐんぐんと差は縮まっていく。無理もなかった。遥香の運動能力は、女子の中でもトップ・クラスとは言えない。
とうとう並んだ2番が、がつんと遥香に肩をぶつける。遥香はふわっと宙に浮いてから、左半身を下にして地面に倒れ込んだ。
「朝波!」思わず叫んだ桐畑は、全力で駆け寄った。
左足を押さえて俯せになった遥香からは返事がなく、はー、はーという痛々しい呼吸音だけが聞こえてきた。
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