11話~12話

       11


 体操を終えた会員は、ボールを使った練習に移った。しばらく続けているとダンが、「集合」と声を張り上げた。

 紅白戦をすると宣言したダンは、チーム分けを読み上げていった。

 両チームとも、サッカーの発祥時期に一世を風靡した2―3―5のシステムだった。キーパーを含めると、綺麗な逆三角形となるフォーメーションである。

 同じチームAのフォワードの桐畑と遥香は隣り合ってコートへと歩いていく。

「にしても、あのゴールには違和感、バリバリだよな。手作り感も半端ねーし」

 コートの奥のフットボール・ゴールを見つつ、桐畑は、しみじみと感慨を口にした。

 ゴールは、高く聳える二本のポールの間の二mほどの高さの位置に、テープが張られた構造だった。

 遥香は、透明感のある小さめの声ですらすらと説明を続ける。

「百年以上も昔だもん。当然、色んな点で違いはあるよね」

「マジかよ。聞き齧っちゃあいたけど、そこまでルールが違ったなんてな」

「うん、あとね。オフサイドも、現代とは違うの。後ろからのパスを受ける時は、キーパーも含めて、相手の選手が自分より前に三人以上いないとアウト。思考回路を、切り替える必要があるよね」

「切り替える」の一言にぴんときた桐畑は、希望を籠めた視線を遥香に遣った。

「話は変わるけどよ。俺ら二人で現代サッカーの戦術を会員に教えたら、楽々、優勝できたりしないかな? ほら、映画でよくあんじゃん。古代文明の指導者に、発達した技術を伝える宇宙人って設定。ああいうイメージだよ」

郷に入りては郷に従えDo as the Romans doだよ、桐畑君。二十一世紀のパス・サッカーだけど、十九世紀のイギリス人に合ってるかとか、オフサイド・ルールに抵触しないかとか、色々、課題がある。しばらく様子を見ていきましょう」

 抑制の利いた声の遥香は、立ち止まった。桐畑が振り返ると、身体の後ろで足首を持ち、腿のストレッチをしていた。

「桐畑君。私、けっこう楽しみでもあるんだよ。だって、十九世紀のイギリスにサッカー留学なんて、だーれもできない経験でしょ? 自分の殻を破る、またとないチャンスだよ」

 遥香の声音に、力強さがブレンドされる。コートの中央に向ける顔には、普段の飄々とした雰囲気はない。ただ、明瞭な意志だけがあった。


       12


 両チームのメンバーは、各自のポジションに着いた。コート上にはアンパイアとして、試合に出ない会員が二人、立っていた。

 コートの外、レフェリーの役割を担うダンが、高らかに笛を鳴らした。

 桐畑が出したボールを、遥香が10番に戻す。チームAのボールで、試合開始。

 フォワードの右から二番目の桐畑は前へと走り始めた。10番に視線を送って、パスを要求する。

 しかし10番は、桐畑が視野に入っていないのかドリブルを開始。すぐさま、敵のフォワードのチェックを受ける。

 10番は身体を揺らして突破を試みるも、敵選手の伸ばした足に阻まれた。零れたボールが2番に収まる。

 敵が遠いからか、2番は、大きな助走を取った。すぐに走り込み、パワーが全開といった風なキックを行う。

 キック&ラッシュ。ディフェンスの背後へとボールを蹴り込んで、フォワードを雪崩れ込ませる戦術である。敵のディフェンスのゴールへの背走による優位性の確保に、主眼が置かれている。

(さっきの突進ドリブルといい、この闇雲キックといい、この時代の連中はずいぶんゴリ押しが好きだねぇ。どうもスマートじゃねえな。俺としては、もっとクレバーに行きたいもんだが)

 半ば呆れる桐畑は、オフサイドに注意しながらパスを追う。しかしバウンドしたボールは、誰にも触れられずにゴール・ラインを割った。

 ふうっと息を吐いて俯いた桐畑だったが、やがて顔を上げた。すると、予想を超えた事象が視界に入ってきた。

 敵のキーパーを含む両チームの選手、四人が、コート外のボールを全力で追い掛けていた。後ろにいるダンの、大真面目な大声が鼓膜を揺さぶる。

 四人はボールまで数mのところに達した。四人のうち三人が身体をぶつけ、競り合いを始める。

 真ん中に位置する敵のキーパーがヘッド・スライディング。両手でボールを掴み、地面に押し付ける。

 キーパーの傍らでは、追走者の一人だったチームAの7番が派手に転び、仰向けに倒れ込んだ。

(いやいや、あんたたち。ボール、外に出たじゃんかよ。いったいどうして、んな必死に追い掛けるわけ?)

 疑問でいっぱいの桐畑の耳に、集中を感じさせる遥香の、玉を転がすような声がし始める。

「ごめん。伝え忘れてたね。ボールがゴール・ラインを割った場合、先に地面に押さえたチームが、試合を再開するの。守備側だったらゴール・キック、攻撃側だったら、押さえた場所からキック・イン。運動量は多いけど良い経験になるし、気合を入れていきましょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る