「枯れたシード」と検索してはいけない

祥之るう子

「枯れたシード」と検索してはいけない

 ――お前のシード、いいな、その色の実、俺、咲いたことない。

 ――まだ小さいね~! 懐かしいな~!

 ――その花、どうやったら咲いたの?


 インターネット上も、現実リアルで聞こえてくる会話も、みんなみんなシードの話だ。

 教室の窓辺まどべで外を見ながら、俺はスマホを見る。

 タップしたアプリは「シード」。

 どこのだれが作ったとか、俺はよく知らないが、日本発のアプリで、たった二年で世界中のスマホユーザーに広まったとか、今朝けさのニュースで見た。


 俺みたいな、高校生が人気の火付け役だとか。何とか。

 でも俺は二年前中学生だったから、俺たちの学年は「火付け役」には入らないだろう。


「よっ! 壮太そうた!」

「おお、あらた


 後ろからクラスメイトのあらたに声をかけられて振り向く。

 新は、俺の手の中のスマホに表示されているものを見て「おっ」と声を上げた。


「それ、お前のシード? 見して!」

「ああ、いいけど……」

「やったーサンキュー!」


 新は調子のいい笑顔をうかべた。

 俺は、スマホを新の顔の前につきだす。新は目を細めて顔を近づけると「へえ~」と言った。


「やっぱ俺のと全然違う花咲いてんな! でもなんつんだ? 幹とか根っことか、葉っぱとかはフツーな! 俺と一緒」


 嬉しそうに言う。


「なんだよ? それがどうしたんだ?」


 言いながらスマホを下げる俺に、新は口を尖らせた。


「いやな、最近さ、もう、幹から全然違うやつの画像を見たわけ! そんで画像検索してみたら、葉っぱの形がもみじ? みたいなのとかさ、いろいろあったわけ! 俺今まで、花と実以外はみんな同じなんだと思っててさあ」


「ふーん。 俺も知らないな、それ」


 新が、むうっとしたまま「だろ?!」と食いついてきたところで、教室のドアが開いて担任が入ってきた。

 俺たちはみなそれぞれ自分の席につく。


 シードは、簡単に言ってしまえば、SNSアプリだ。

 アカウントを作って、手前勝手に一言、ネット上に投稿する。

 それがおもしろければ、フォローして、フォローされて、そうやってコミュニケーションをとるアプリ。

 他のそういうアプリとちがうのは、スマホにインストールすると、その時点でシードのホーム画面に種が現れる。

 アカウント登録すると、芽が出る。

 プロフィールだとか、ホーム画面を変えたりすると、葉が出る。

 インターネット上に何か投稿するたび、その葉は成長する。

 フォローされたり、フォローしたり、それによってもさらに成長する。

 投稿するたびに成長する。

 フォローするたび、されるたびに成長する。

 プロフィールを更新してもまた成長する。

 何をしても、いや、何もしなくてもしないなりに、成長していく。

 そしてそれはわりとすぐに樹に成長する。

 花が咲いて、実がなって、鳥が飛んできたりする。


 人気の秘密はそこにあるんだそうで。

 この樹の成長のしかたは、アカウント名に選んだ文字だとか、投稿した内容だとか、一日何回、どのくらい投稿するのだとか、逆にほったらかしたんだとか、ユーザーのアプリの使い方で変わる。

 それはもう、数え切れないほどのパターンがあって。

 実際に、何パターンあるのか明かされてないし、数えたってやつも出てこない。

 本当に一人として、同じ樹のヤツなんていやしないらしいから、常に増え続けるユーザー全ての樹を見ないと数えられないってわけ。


 この「自分だけの樹」ってのがウケて、大ヒット。


 さっき新がくやしがってたのは、この樹の見た目の問題。

 二つとして同じ樹はない、というものの、基本的な幹や葉は、同じだと思っていた。なぜなら、俺の数少ないフォロワーや家族、友達の間じゃ、みんな基本の樹は同じで、樹の全体のフォルムと、花と実と、ときどきやってくる鳥が違うくらいの差しかなかったから。

 だけど、どうやら新はネットで、見たことのない色の幹や葉を見たのだという。

 自分が「レア」じゃないのが悔しいんだろう。


 気持ちはわかる。

 でも新、俺たちはしょせんモブキャラなんだよ。

 ほら、ゲームとかだと、ノーマルとかその変。

 SSレアとか、レインボーのキラキラキャラにはなれないよ。



 そんな話を新として、一週間がたった。

 いつものように窓から校庭をながめていたら、新があわただしくドアを開けて教室に入ってきた。


「なあなあ、壮太! 大変だ! 枯れたシード、見たか?」

「は?」


 枯れたシード? 新は確かにそう言ったと思うけど、そんなの聞いたことない。

 シードは、ほったらかしても育つ。「ほったらかした」という要因も、育ち方の一つ。絶対に枯れないという安心感も、シードのいいところだと思っていた俺には、なかなかショックな話だ。


「なんだそれ? 一年ほっといたとか?」

「いやいや、それがさ、毎日みたいに投稿もしてて、けっこうフォロワーもいたやつらしいんだけどさ。前からシードに実がならなくなったとか、何のバグかとか投稿してたらしいけど、ついに枯れたって画像つきで投稿してあったんだって!」


「へえ、どれ? 見せて?」


「え?」


「その投稿。読んだんだろ?」


「えーと、うーん、その、枯れたやつがいるらしいって投稿は読んだんだけど、枯れたシードの画像つきの、ほんもののヤツは見たことないんだよ」


「は?」


 俺がみけんにしわをよせると、新は「いいから聞けって!」と言って、なぜか周りを気にして声を潜めた。


「なんかさ、その、枯れたって投稿したやつのアカウント、消えたらしいんだ」

「消えた?」

「そ、検索しても、ユーザーが見当たりませんとかって出るらしんだよ。フォローしてたヤツの、フォロー一覧から消えてて、フォロー数も一つへってたんだってよ。こわくね?」


「なんか、問題あるコメントしたんじゃないの?」

「そう! それなんだよ!」


 新は自分で大声を出しておきながら、ハッとして周りを見回してから、ちちごまって更に声をひそめた。


「なんかさ、その枯れたってやつが、けっこう過激発言カゲキハツゲンってーの? してたとかでさあ。批判ひはんとか、なんかこう、とにかくえっらそうに他人をばかにしたりとか、してたらしいんだわ」

「普通にやなヤツじゃん」

「そうなのよ。そいつのシードが枯れてさ、アカウントも消えたってこと」

「普通のことじゃないの?」


 シードにはSNSによくある「通報」システムもある。

 問題発言をくりかえして、たくさんの人を傷つけたら、それはもちろん、アカウント凍結とかペナルティがあって当たり前のような気がする。


「それがちがうんだって。別にさ、通報されて消えたとかじゃないらしんだよ」

「どういうこと?」


「枯れたシードの画像を拡散しようとしたから、消されたんだって」


「は? なにそれ?」


 枯れたシード。それを拡散しようとしたからなんだというのだろう。

 自分のシードの現状は、普通に投稿できるようになってるし、そもそも初期設定では自分のシードがアイコンになっている。そのまま使っているユーザーもたくさんいるんだ。


「しかもそのシード、前に話した、レアの幹のヤツだったらしいぜ」

「それは、よくわかんないけど、もったいないな」

「そいつ、現実リアルでも行方不明だとか変なうわさになってて」

「はあ? 何で現実リアルでも行方不明だって解るんだよ」

「リア友だってヤツが、探してますって投稿したらしい。でも、その投稿したヤツのアカウントも消えたって。こわくね? 俺、もう不安で不安で、俺のシード枯れたらどうしよう」

「何言ってんだよ」


 そこで、担任が教室に入ってきた。

 新はまだ話したそうだったけれど、しぶしぶ席に戻っていった。


 ふとスマホを見ると、俺のシードはいつもどおり全体的に青みがかった実と、黄色系の色の花を咲かせていた。

 ふと、鳥がいることに気付いた。

 いつもより多い?


 青い鳥、白い鳥、黄色い鳥、そして、見たことのない赤い鳥。

 鳥たちはいつも勝手に実や花をついばんで、少しするとパタパタと飛んでいってしまう。


 ふと、赤い鳥が、こちらを見た気がした。


 俺は、どきりとした。


 震える手で、スマホをスリープしようとすると、鳥たちが一斉に飛んでいってしまった。


 赤い鳥は、に向かって飛び立ち、一瞬画面がまっ赤になって、まっ黒になって、いつもの画面にもどった。


 シードから、実がぼとりと落ちた。


 不気味だった。


 俺はぞっとしたが、すぐに担任に座るよう叱られたので、スマホをポケットにねじこんで席に着いた。


 授業中に気になってこっそり画面をみると、いつものシードの画面に戻っていた。

 樹が枯れているというようなこともない。



 これが、俺が初めて「枯れたシード」の都市伝説を聞いた日だった。

 その後、「枯れたシード」を画像検索すると、シードのアカウントがロックされるという話が追加された。

 ロックは一週間で解除されるが、その一週間の間にネットで「枯れたシード」について更に調べようとすると、完全にアカウントが消去されたうえ、その人物は現実でも行方不明になるという話だった。

 みんな、おもしろがって拡散していった。


 あの赤い鳥を俺が目にしたのは、それから数年後。


 映画館でだった。




 ――「枯れたシード」については調べてはいけない。




 瞬く間に拡散されたこの都市伝説は、数年後、映画化されて、世界的な大ヒットを飛ばし、興行収入は日本のホラー映画史上、最高額を更新した。

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