種ハ拡散ヲ選択シタ KAC20204

木沢 真流

長老の周りを子ども達が囲んでいました

「ねえねえ、次は古代文明の話して」

「次は僕だ、大海嘯の話がいい! 世界破滅だ」

「それ、昨日も聞いたじゃんか!」


 長老は、はて困ったというふうにひげを揺らした。


「わかったわかった、何回でも話してやるから順番じゃて。他に何か聞きたい子はいないかの」


 その時、子どもたちの頭の海から小さな手が挙がった。


(おや、珍しい。あの子が手を挙げるなんて)


「マルコや、どうした。言ってごらん」


 マルコは一気に集まった注目にたちまち赤面した。それから、


「あの……ボクは走るのも苦手、みんなと背丈も違くて、そんな自分が嫌いなんだ。長老は小さい頃いじめられなかったの?」


 長老はゆっくりとマルコに近づいた。そしてそのつぶらな瞳を覗き込んだ。


「いじめ、というと?」

「だって、長老は手足も無いし、他のみんなみたいに飛んだり跳ねたりできないでしょ」


 その言葉を聞いて、一瞬だけ長老が何かを言おうとして、止めた。直後、そんな沈黙を笑いで吹き飛ばした。


「ふぉふぉふぉ、いいじゃろう。今日はその話にしよう、いずれしなければならなかった話じゃ。よーく耳の穴かっぽじって聞くんじゃぞ、今夜のお話は、とある惨めな少年とその少年が見た世界の終わり」


 子ども達はまん丸の目をさらに大きく見開いた。



 私は生まれつき手足がなかった。移動するのもやっと、物を食べるのも誰かの助け無しには無理だった。放っとかれれば数日もしないうちに死に絶えただろう。

 窓から外を見てみると、そこにはいつも素晴らしい世界が広がっていた。春には鳥が歌い、夏には痛いくらいの日差しが降りしきる。秋には世界が鮮やかに彩り始め、冬には静かな白い世界が降りる。

 そのいずれにおいても、私の仲間はその世界を楽しんでいた。手に翼を持つ者は空を飛び回り、立派な脚を持つ者は大地をどこまでも駆け巡った。海に潜るものもいれば、煮えたぎるマグマに住まうものもいた。

 そのいずれも私には無かった、たった一欠片でさえ。私はただ小さな家の窓から世界を見つめ、それを羨むしかなかった。


「今日の景色はどうかしら」


 そんな私を支えたのは一人の女性だった。その女性が、運んできた食事を、トンと木の机に置く。


「サラ、悪いけどもう食事は運んでこなくていいよ。僕は何も食べたくない」


 サラは私の横に座った。


「なぜ? 食べないと、元気が出ないわよ」

「元気? 僕に元気はいらない、このまま死んだっていい」


 サラは優しく少年の頭を撫でた。そう、それはまるで毎晩月の下で世界の話を聞かせてくれる時のように。


「そんなこと言わないで。いずれわかる日が来るわ——」 


 何が分かるっていうんだ。こんな何もできない奴に生きる意味なんてない、同情なんてごめんだ。どうせなら自分で死んでやるとさえ思った、しかしそれすらもままならない惨めな姿がそこにはあった。


 それでもサラは毎日食事を持ってきた。そして私に少しずつではあるが、動き方、物のつかみ方を教えた。不器用だが私はそれが出来るようになった。ただそれが出来るからといって、世界が変わるわけではなかった。

 でも何故かサラは嬉しそうだった、良かった、本当に良かったと涙をこぼしてまで。

 その涙の意味を私が理解したのは、皮肉にも全てが終わった後だった。


 ある晴れた日のこと。

 私はいつものように窓から外を眺めていると、突然ドアがバタンと開いた。


「やあ、サラ。どうしたんだい、そんなに慌てて」


 サラは息を切らしていた。その必死な形相に、さすがの私も何か普段とは違う、恐ろしいことが起ころうとしていることに気づいた。


「風が——風が吹くわ」

「風?」


 私の質問も耳に入らない様子で、サラは私の元に顔を近づけた。


「いい? もう時間がない、よく聞いて。この日のために私はあなたに全てを教えてきた、移動や物を使う最低限の方法を」


 サラの目が血走っていた。


「あと数時間で、世界のほとんどの生物は死ぬ。ほんのわずかだけ生き残ったとしても、その生物も息絶え絶えになるはず。唯一、今まで通り生き残れるのは……」


 サラの顔が徐々に青ざめていった。


「あなた、あなただけなの」

「僕?」

「そう、あなたはこの世に残された最後の希望。この『風』を乗り越えられる唯一の種なの」

「僕が、最後の希望?」


 サラは次第に呼吸すらままならなくなってきた。


「あなたの中には……全ての設計図が刻まれているの。この世界を伝えて、そしてまたいつか……笑いあえる世界を取り戻せる……ように」


 それだけ言うと、サラは息絶えた。

 窓の外は静かだった。太陽はいつも通りに輝いているのに、そこに生命の息吹は一つも無かった。

 あの自由に羽ばたく翼も、海中へもぐるヒレも、大地を駆け巡る力強い脚も、全てその見えない「風」にやられて、一瞬で死に絶えてしまった。あんなにきらきら輝いていた光たちが。

 私は自由に動ける術を持たなかったが、それらの全ての可能性を「保存」に費やされた種だった。そのためこの世に起こりうるほぼ全ての変化に対応することができたのだ。

 やがて大地は荒み、川は淀んでいったが、私は諦めなかった。私以外のわずかに生き残った種を支え、ひたすら耐えた。サラの遺した手記にそのわずかな種への栄養の与え方、生き延び方が記されていたので、それを実践した。


 やがて時は流れ「風」は収まり、生き延びた者達は元気を取り戻した。そしていつしか私より動けるようになり、今度は私を支えてくれるようになった。

 荒んだ大地がやがて緑を取り戻し、生物も増えるようになってきた。そして、新世界が生まれた。

 旧世界の事を知っているのは私だけになった。

 私は伝えた、多くの私が見てきたことを、素晴らしい世界があったことを、そこでたくさんの光が輝いていた事を。



「私たちの遺伝子の能力を持ってすれば、優秀な種を正確にコピーすることはいとも容易いんじゃ。でもなぜそうしないか分かるか? それは種は拡散することを選択したからじゃ。今後起こりうるあらゆる環境の変化に対応するために」


 ふと長老が顔をあげると、子ども達はみな、すーすー、と寝入っていた。


「寝てしまったか、まあいい。おやすみ、私の可愛い子ども達よ」


 そのまま長老は、永い、永い眠りについた。

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