第16話:うさこと【ちょろかわ】おねーさま。


「……お見苦しい所をお見せしました。お二人も早く教室に戻りなさい。そして出来る事ならば今日ここで見た私の秘密に関しては速やかに忘れる事。少なくとも誰にも口外しない事。……宜しくお願いしますほんと頼みますなんでもします」


「ボクはやっぱり隠す必要ないと思うけど……でも分かりました。忘れるのは無理だけど誰にも言いません」


 これがこいつの中では最大限の譲歩なんだろう。

 本当に生徒会長が哀れに思えてきた。


 あれ? 私なんでこいつの事好きなんだっけ?

 分かんなくなってきたよただのやべーやつじゃん……。


 生徒会長、任せておいてください。こいつにはいつか必ず天誅をお見舞いしてやりますから。


 這い上がれない程どん底に叩き落してやる。


 乙女の気持ちを踏みにじるサイコ野郎に相応しい結末を用意してやるから覚悟しておけよな。


「ほれ、もう二時限目が始まっちまうぞ? さっさと帰れ帰れしっしっ」


 咲耶ちゃんがめんどくさそうに私達に向かって手をぴらぴら振った。


 それが保険医のいうセリフか? ちなみに私はこの人のこういう所が気に入ってるんだけど。


「ほら絵菜ちゃん、早く教室いこ? 奈那ちゃんも心配してると思うよ」


 そう言ってルキヤが私の手を握った。


 それがあまりに自然な動きだったので、違和感なく数歩歩き、そして慌ててその手を払いのけた。


「おっ、お前は何してんだいきなり!」


「……?」


「お前さ、今はあこじゃなくてルキヤなんだぞ……? しかも学校内で平然と女子の手を握ったりすんなよ勘違いされるぞ?」


 私は別に周りに勘違いされたっていいけど、こいつ相手だったら構わないけれど、ってなんでこんなにドキドキしてるんだろうやっぱりこいつの事好きなんだよなぁ畜生。

 情けない。自分が情けない。


「あっ、そうか……そうだよね。ごめん! もう絶対にしない!!」


 ルキヤも私の言っている事を理解したらしく、謝ってくるけど……もう絶対しないとまで言わなくてもいいじゃん。そんなに私とそういう関係って誤解されるのが嫌なのか?


「絵菜ちゃんの気持ち考えてなかった……反省してる。……そうだよね、万が一奈那ちゃんに変な誤解されたら困っちゃうもんね」


「おい」


「ボクはあくまでも二人の関係を邪魔する気は全くないし、あことしてだってそれは同じだから! 全面的に二人のゆりゆりいちゃらぶに協力するからっ!」


「おいちょっと待ててめぇ……」


「ほら、次の授業始まっちゃうよ!」


 そう言ってルキヤは小走りで階段を駆け上がって行ってしまった。


「……はぁ、あいつやっぱり私とは住んでる世界が違うわ」


「あら? あらあらあらあらおねーさま♪ こんな所でどうされたんですの? もしかして具合が悪くて保健室に?」


 もうルキヤの姿が見えなくなった頃、背後から聞き覚えのある声が話しかけてきた。


 振り返ると、案の定うさこだ。


「あぁ、いや。私は保険委員だからな。さっきまで具合悪い奴の付き添いをしてたんだ」



 うさこはこれから体育の時間らしく、体操服。この学校は何年か前まではブルマなんていう時代錯誤な体操服だったが、今では学年別で色の違うハーフパンツだった。


 しかしそのハーフパンツが問題で、丈が膝上くらいなんだが、結構太ももあたりが太めに作られているせいで足の細い女子が着用すると座った時などに逆にパンツが見えそうになるというふざけた代物だ。


「うっ、私なんだか急にお腹が……おねーさま、看病してくださいまし……」


「今なら保健室に咲耶ちゃんがいるぞ良かったな」


「ああっ、おねーさまぁ~!」


 わざとらしく「うっ、うぅぅ……」と泣いて地面にぺたんと座り込むうさこに、素直に感心した。


「お前よくそんな上手い泣き真似が出来るな」


 演技はわざとやってるようにしか見えないが、泣き真似だけは本当にすごい。ちゃんと泣いてるように見える。


「……? 何を言ってるんですの? 私本当に泣いておりますけれど……」


「冗談だろ……?」


「本気ですわ。私嘘泣きって苦手なんですの」



「待って、じゃあうさこにとってさっきの流れは本気で泣けるような出来事だったと?」


「そうですけれど……? どうかしましたかおねーさま」


 この子……真っ直ぐ過ぎる!

 アホでしたたかで私をからかって遊んでるタイプの女だと思ってたのに。


「お前さ、私の事どう思ってる訳? なんで今ので泣けるのかわからん」


「ど、どど……どうされたんですの? 急に、その、恥ずかしいですわ……」


 うさこは一度立ち上がっていたのに、再び廊下にぺたんと座り込んでしまう。その顔は一目で分かる程に真っ赤だった。


「お前……まさか私の事好きっていうの本気だったのか?」


「ふぇっ!? おねーさま……私の言葉をずっと疑っていましたの?」


 うさこの瞳から大粒の涙がボロボロと廊下へ零れ落ちたのを見て私はズキッと胸が痛むような感覚に襲われた。


「いや、だって女同士だしさ、私に懐いてくれてるくらいに思ってて……まさか本気で言ってたとは……なんか、すまん」


「……いいんですの。おねーさまがその気がないのくらい最初から分っていましたし……だから、私は今までもこれからも変わりませんわ」


 私が思っていた以上に世の中には女同士って概念が浸透していて当たり前になっているのか……?

 認識を改める必要があるかもしれない。


「私もう授業に行かないと……うさこ、とりあえず後で何か埋め合わせするから。パフェでも奢るよ」


「……! はい♪」


 その満面の笑みを見てしまったら、変な気を持たせるような発言をしちゃったかなと罪悪感が胸を刺す。


 これ以上ここに居ても何を話していいかも分からないし、次の授業ももう始まっているかもしれない。

 とにかく私はその場を後にする事にした。


「ふふっ、本当にちょろ可愛らしいおねーさまですわっ♪」


「……? 今何か言ったか……?」


「いいえ、なーんにも♪」


 ……変な奴。

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