第14話:【ぱふぱふゆりえっち】殺人事件。


 この大川高等学校は一学年四クラスで都内でもあまり大きくない学校だからこそ、この人を知らない生徒は居ないだろう。


「はっ、はい私が生徒会長のパフリル・アルファルファ・ナイトです。い、今私の事朝からサボってていい身分だなとか思いましたか?」


「思ってませんよ。パフィー会長はどこか具合が悪いんんですか?」


 私の代わりにルキヤが返事をしてくれた。

 ぶっちゃけありがたい。だって私は思ってたもん。朝からサボりやがってって。


 それにしても相変わらず凄い名前だな。阿呼辺流姫椰もたいがい変な名前だが、パフリル・アルファルファ・ナイトもどうかと思う。


 両親共にロシアの人らしいけど、日本で生まれ育ったのと幼い頃に両親を亡くした事で日本語しか喋れないというちょっと残念な人だ。


 それに名前がロシアっぽくないんだよなぁ。なんとかコフとかなんとかノフとかが多いイメージ。偏見だけどね。



「あら、貴方は確か二年の阿呼辺君でしたね。貴方もどこかお加減が悪いんですか? 私は昨夜少々根を詰め過ぎてしまって登校後すぐ立ち眩みがしたので少し休ませてもらっていたのです」


「あ、ボクはちょっと……その、頭痛で」


 学生全員の名前でも覚えてるのかこの人は……。


「そうですか。私はもう教室に帰りますので阿呼辺君も佐々木さんも早めに戻るんですよ?」


 そう言ってベッドから立ち上がり、保健室を出て行こうとする彼女が、慌てていたのか鞄をベッド脇の棚から落としてしまい、何やら紙が床に散らばる。


「ぎゃーっ!! み、見ないで下さいっ!!」


 生徒会長から聞いた事のない悲鳴が出た。

 一枚拾い上げると……。


「パフィー会長、これは……」


「ひぃっ!! 見ないでっ! 見ないで下さいっ!! 後生だからっ! 勘弁してーっ!」


 どうやらそれは何かの原稿で、私はどう反応していいか分からず固まってしまったのだが、ルキヤは違うらしい。


「もしや、パフィー会長は……ぱふぱふゆりえっち先生なんですかっ!?」


 びっだーん!!


 勢いよく会長が床にぶっ倒れた。


「会長、大丈夫?」


 そのまま放置って訳にもいかないので、倒れた会長を抱き上げてベッドまで運ぶと、どうやら意識はまだあったらしく、泣きつかれてしまった。


「お、おおおお願いですぅ誰にも言わないで下さい……私がエロ百合漫画家だと知れたら学校に居られなくなってしまいます」


「ぱふぱふゆりえっち先生! 尊敬してます! お会いできて光栄です!!」


 ルキヤはとりあえず黙っててくんないかな?


「……いっそ殺して」


 ほら、会長が学校に居続ける事どころか生存を諦めちゃったじゃないか……。


「先生! ぱふぱふゆりえっち先生っ!」


「ふ……ふふふっ、そう、そうです。私がぱふぱふゆりえっちです! 百合文化の素晴らしさをこの世に広める伝道師! ぱふぱふゆりえっちですよぉぉぉっ!!」


「会長が壊れたーっ!!」


 ベッドに降ろそうとしてるのに私にしがみ付いて降りようとしない会長が、そのまま私の身体に抱きついてきて、


「貴女っ! 貴女も百合は素晴らしいと思っているのでしょう!? そうでしょう!? そうに違いありません百合は世界を救うのです愛なのです至高の分化、究極の感情なのです!!」


 えっ、えっ、会長の目がヤバい。

 正常な精神状態とは思えない狂人の目をしている。


 どうしよう、上手く解決できる方法が一つしか思い浮かばない。


「ねぇっ! 貴女もゆりえっち党に入るわよねぇぇぇぇっ!?」


「そういうのはそこのルキヤが入るから!」


 ルキヤを生贄に差し出して逃げよう。それしか無い。


「いや、ボクはぱふぱふゆりえっち先生を尊敬してるし先生の漫画も好きだけどゆりえっち党に入る訳にはいかないよ。だって百合っていうのはもっとこう、羞恥心と初々しさと友達以上恋人未満とかが大事なんであって、結果としてのゆりえっちはいいけれどそれを終着点、至高で究極とうたってるゆりえっち党に入る訳には」


「うるせぇなぁおい!!」


 急に早口でベラベラ喋り出しやがって! しかも目が血走ってて怖いんだよお前ら!!


「入ってよぉぉぉっ!! 秘密を知られたからにはっ! 仲間にっ! なりなさいよぉぉっ!!」


「……会長、ごめんな?」


 ずびしっ!


 私は会長の首筋に手刀を入れる。

 こういうのは慣れてるんだよね。


「かっ、はっ……」


 ぐるりと会長の目玉が回転して白目になったのを確認し、ベッドに寝かせる。


「すまん……もう私にはこうするしか無かったんだ」


 寝かせた会長に頭を下げ、手を合わせてなむーっと拝んでおく。


「絵菜ちゃん、それ死んじゃったみたいだからやめようよ……」


「お前ら……保健室で殺人事件起こすとかマジでやる事がエグいな……」


 急に背後から聞こえた声に振り替えると、ルキヤの向こうに、白衣の悪魔が。


「お前今失礼な事考えてるだろ」


 だからみんな私の考えを読むのやめてほしい。



「私は殺してない! 意識を刈り取っただけだ!」


「じゃあ傷害事件か。どっちにしてもいい度胸だな」


「咲耶ちゃんだって気に入らない生徒に一発入れたりするでしょ? むしろ咲耶ちゃん不良を何人か病院送りにしてるよね!?」


「うっ……それを言われると辛い。……まぁいい、で? うちの生徒会長様は無事なんだな?」


「気を失ってるだけだから大丈夫、少し休ませてあげてよ」


 会長へのせめてものお詫びとして、床に散らばった原稿はまとめて鞄に入れ、先ほど置いてあった棚に戻しておいた。


 先生が見る事は多分ないだろう。


 しかし保健室ってもっとこう癒しに溢れた空間じゃなかったっけ?

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