やさしさは毒
「……でも。こうやってちゃんと正面から訪ねてくることは、すごく勇気がいったと思うんです」
小百合はやや控えめな声で、でもはっきりとそう言い切る。
「許してほしくて、謝りたくて、謝れなくて。そうするうちに自分の中でこじれて、ますます何もできなくなっていくんですよね、きっと」
「……」
実体験か。小百合の。
「でも、許される保証もないのに、許されなければ死んじゃうわけでもないのに。それでも謝罪に来てくれた、その気持ちだけは認めてほしいです、お兄ちゃんに」
「小百合……」
「……きっと、勇気がすごく、すっごーくいったと、思いますから」
──それは、小百合も経験したことか?
そう聞きそうになって思いとどまる。
きっと小百合は優しい子だから、そして唐橋とは唯一無関係だから。
唐橋のいいところだけを、素直に受け止めてやれる。そうなんだと思いたい。
まあそれに。
俺は小百合を甘やかすと決めた。その小百合のお願いを聞き入れないわけにいかないだろうよ。
「……わかったよ、小百合」
俺はあやすようにポンポンと小百合の頭を軽くたたいてから、唐橋の方を向いた。
「……唐橋」
「……」
唐橋は相変わらず一言も話そうとしないが、それでも涙をためた目を、俺からそらすことをしない。
「優しい俺の妹に感謝してほしいな。正直に言うと、唐橋のことを許すつもりはなかった。もう関わり合いになるつもりもなかったと思う。さっきまで」
「……」
「だけどな、唐橋が俺に謝りたいっていう気持ち、いや、覚悟かな。それだけは否定しないことにするよ」
そう言って俺は、ぽんと一回だけ、唐橋の頭を軽くたたいた。
小百合にしたのと、同じように。
そこが限界だったらしい唐橋は。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ほんとうにごめん……ごめんねぇぇぇ……」
泣き顔を見せないようにカウンター席に臥せって、すすり泣きを始めた。
……ま、号泣よりましか。それでも店内の目が一斉にこちらに向けられてるけど。
まだ客が少ない時間帯で助かった。
―・―・―・―・―・―・―
「……甘いわね、宮沢くんは」
事の流れを見届けた平野さんに、ため息交じりでそう言われた。
苦笑いで返すしかない。
「まあ、しょうがないさ。俺には、何を優先させるか、はっきりしてるから」
小百合にああ言われちゃ、俺は折れるしかないのだ。
唐橋への恨み言よりも、小百合の気持ちのほうがはるかに大事なんだからさ。
そんな俺のつぶやきはおそらく聞こえてないであろう唐橋は。
涙をぬぐって、まだ赤い目のまま、退席する準備をしている。
「……帰るのか、唐橋?」
一応確認だけしておく。
いや、むりに赤い目のまま微笑み作らなくていいぞ。
「……うん。今日は、突然来ちゃってごめんね。坪井くんにも、平野さんにも、迷惑かけて」
そういって今さら周囲を気遣う唐橋であったが、紗英は無言で首を横に振るだけで反応を済ませた。なんだかんだ言って世渡り上手なやつよ。
そして平野さんはやっぱり容赦なかった。
「……本当ね。自分の愚行を自己満足で償おうとして、結果まわりに不快感をまき散らすような行為は、金輪際遠慮してほしいものだわ」
だが、その容赦のなさは、唐橋には必要だったのかもしれない。
ぎこちないながらも、それを聞いて唐橋の笑顔から険しさが少し消えたから。
きっと唐橋にとっては、許されるだけではなく、責められるだけでもなく。
許されて責められること両方が必要だったんだ。
──これも、平野さんなりの優しさってやつかな。まあ、俺は唐橋のことを許してはないんだけどね、正確には。
「……じゃあ、わたしはもう、消えるね。ごめんね、そしてさよなら、宮沢くん……」
「……」
そのあとに唐橋が発した別れの言葉は、何やら意味深だ。
おそらく、もう二度と俺の前に姿を現さない、だから安心して、という唐橋なりの意思表示のことばだろう。
バッカだわ、無理して笑顔作らなくていいっていうのに、唐橋はほんとうに。
…………
そうだな。唐橋は昔から、なんとなく周りの空気を読んで、流されるようなやつだった。
誰かに嫌われることをただただ恐れて。
そう考えると、なんとなくだけど、誰かに似ている気もする。
──ああ、もう。
「おいちょっと待て唐橋。帰るならイチゴミルク代を払ってからにしてくれ」
「えっ……?」
「俺がタダで飲み物出すわけないだろ、ここは喫茶店だぞ。ちゃんとわきに伝票もおいてある」
そこで唐橋が初めて、イチゴミルクのわきに置いてある伝票の存在に気づいた。
おそるおそるそれを確認し、思わず叫ぶ。
「に、2000円!? そ、そんな……」
いかにもぼったくりだ、と言わんばかりの叫びであるが、確認しなかった唐橋の落ち度なので、俺の知ったこっちゃない。
いやがらせのつもりで割増料金で書いてやったのが功を奏したか。
「一口でも飲んでおいて、その理屈は通用しないぞ。ちゃんと払ってから帰ってくれ」
「お、お金持ってきてないから払えないよ……お財布は家に置いてきたし……」
唐橋よ、宮沢家よりもよっぽど裕福な家庭の娘だというのに、危機管理が足りないんじゃないか?
「……じゃあ、仕方ないからツケといてやるよ。後日、ちゃんと払いに来ること」
「えっ……?」
「もしこのまま払いに来ないときは、無銭飲食でけーさつに報告しちゃうからな。わかったか」
俺としては、そう冷たく言い放ったつもりなんだが。
何を勘違いしたのか、唐橋はそこでまた涙目になる。
「うん、うん……絶対に、払いに、来るから……くるからぁぁぁ……あああああぁぁぁぁぁ」
思わず頭を掻く俺を、紗英が肘打ちしてきた。いたい。
「……かっこつけちゃってさ、睦月は」
「やかましい」
すかさず俺は紗英に肘打ち返し。
その様子を見ていた平野さんは、眉間にしわを寄せたまま、仕方なさそうに笑った。
「本当に甘いのね、あなたは……」
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いや本当にに久しぶりの更新でごめんなさい。
待ってる方がいる限り、ゆっくりでも更新していきたいと思います。
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