小百合の疑問

 そうしてようやく平穏を迎えた喫茶店フロイライン

 しかし、小百合は何やらそわそわしている。


「……どうかしたか小百合? トイレに行きたいなら休憩してもいいぞ?」


 がしっ。

 どすっ。


 すぐさま、紗英から肘打ちを食らった。


「いてっ!!」


「だからそういうとこなんとかしなよ、睦月。デリカシーのかけらもないったらありゃしない」


「生理現象にデリカシーもクソもないだろ」


「はぁ……」

「……ふっ」


 ため息つかれた。紗英だけでなく平野さんからも。

 いや、もちろん家族じゃないなら、兄妹じゃないならそれ相応に気は使うけどさ。さっきの平野さんみたいに。


「あ、いえトイレじゃないです。こう見えて膀胱の耐性は人よりも強靭なので」


「それが自慢になるかどうかはわからないが、さすがはわが妹。で、真面目にどうしたんだ?」


 改めて小百合にそう振ると、小百合が俺の正面から真剣な顔つきで尋ねてくる。


「……な、なんでお兄ちゃんの周りは、こんなに美人さんばかり集まるんだろう、って思って……」


「……は?」


 特に意識してなかったが。

 言われれば確かに、小百合が目撃している俺の大学の知り合いって、見た目だけはキレイどころが多いな。

 ここにいる平野さんをはじめ、胡桃沢、サーシャ、今の唐橋。


 米子を美人枠には入れたくないにしても、あの物体も実はモデルにスカウトされたくらいの見た目を持っている。

 だが、中身が伴っていない見た目の美しさに、何の意味があるというのだ……


「……妹さん、それは、私も含めて、かしら?」


 ……と俺が言うより早く、なぜか食い気味に平野さんが小百合に詰め寄っている。以前は『ふっ、コドモね』とかぞんざいに扱っていたというのに。


「も、もちろんです。すごく知的なクールビューティーって感じで、オトナっぽくて、わたしも五年後くらいにこうなりたいなあ、なれるかなあって……」


「……」


 なでなで。


「え、あ、あの!?」


「さすがは、宮沢殿の妹君ね。見る目があるわ」


 一瞬で小百合が平野さんを懐柔しやがった。恐ろしい子。

 ま、小百合の性格からして、嘘やおべっかを言ったわけではないだろうが、ただ小百合と平野さんはあまりに方向性が違いすぎると思う。

 そしてなぜまた殿呼ばわりが復活してるんですかね、平野さん。


「ふふっ、私は宮沢殿の妹君に認められたオンナ……」


 平野さんは平野さんで、小百合に認められたのがそんなにうれしいのだろうか。喜色満面である。

 よくわからん。


 しかし、そこへ乱入者あらわる。


「ダメよ小百合、あなたはもっと天真爛漫なキャラを目指しなさい」


 小百合の実母、石井恵理さんである。

 恵理さんは小百合の腕をとり自分のほうへ引き寄せた後、小声で小百合を諭した。


「お、お母さん!?」


「あの人はまるで大学時代の久美にそっくりだもの。小百合があんなふうになったら、結婚後に面白みがなくなって浮気に走られちゃうに決まってるわ」


「え、ええ!? 浮気!?」


「恵理さん、突然乱入してきただけでなく、何とんでもないこと口走っちゃってるんですか」


 まず小百合と俺は結婚できないし。


「大事なことよ。いくら時代が変わろうが、女に求められるのは最後は愛嬌なの。女が女であろうとするその姿勢に、男は惹かれるのよ」


「そ、そういうものなんですか……」


「絶対そう。男と女ってのは根本からして違うんだから、お互いがお互いを包み込め得るような関係にならないとね」


「は、はい……」


「学生時代の久美だってそうよ。『負けるか!』って男に張り合うようにいろいろがんばっちゃってさ。一緒にいると息がつまりそうだって言ってた男もいたわよ」


 小百合を抱きかかえ、親子のコミュニケーションは営業中の店内にて小声で行われていた。

 というか、こんなことおふくろに聞かれたらまた店内が大惨事に……


 ガコーン!


「いだっ!!」


「だまってきいてりゃ調子に乗って本当にこのバカ女は。可愛いことに胡坐をかいて将来の人生設計なんて二の次にした結果どうなったか、の見本でしょ、あんたは」


 いきなりトレーで恵理さんの頭を叩くおふくろ。店内にまだお客さんがいるから控えめな声だが、怒りのオーラだけは隠しようがない。

 あーあ、やっぱり聞かれてた。


「う、うるさいわね! それでも愛されてたもの!」


「ふっ。愛されてても一緒に暮らすことはできないって、みじめな話よね」


「な、なんですって!? 一番に愛されてなかった人間のくせに、偉そうにしないでよ!」


「はぁ!?」


「ふたりともやめ!! 時と場所を考えてよ!!」


 思わず止めに入ってしまった。大人げないなふたりとも。

 いや、恵理さんはともかく、おふくろまでこうも大人げなくなるとは、この二人はやっぱ犬猿の仲なのか、それともけんかするほど仲がいいほうなのかわからない。


「……ちょうどいいわ。ここに哲郎さんそっくりな睦月君がいるじゃない」


 しかし止めに入ったのがヤブヘビだったのか、恵理さんが変なことを言い出した。


「睦月君だったら、どっちをコイビトに選ぶ? あたしか、それとも久美か」


「……は?」


 いやいや何その選択肢の狭さ。

 つーかおふくろなんて恋人に見られるわけないし、だからといって恵理さんを選ぶにはあと二十年若返ってもら……おっとこれは口に出しちゃいけないやつだ。


「そんな質問無理があるでしょう」


「いやいや、あえて選ぶとすればどっちか、ってことよ。で、どっち?」


「どちらも選びませ……」


「睦月! あなた、優柔不断なところは父親にそっくりね! 二択よ、選びなさい」


「ええ……」


 女傑二人に押されっぱなし。というかそんなにムキにならんでもいいじゃない。


 誰か助けて! とばかりに後ろを振り返ったら。


「お兄ちゃん……」


「……宮沢殿は、どっちを選ぶの?」


 なぜか小百合と平野さんふたりとも、答えを聞きたそうな目をして俺を見ていた。


 …………


 これはまずい。

 もし平野さんに似ているおふくろを選んだら、小百合が悲しみ。

 もし小百合に似ている恵理さんを選んだら、平野さんが悲しむ。


 そういうことだろ!?


「……お、俺は、紗英みたいなタイプを選ぶかな……」


 というわけで、俺は緊急避難的な発言をした。

 紗英が『ボクを巻き込まないで』という目をしてたことは気づかないふりをしよう。


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