クールビューティー・千鶴
「……ところで紗英さ。サーシャとなんかあったのか?」
大学での昼休み。
いつものように紗英と並んでカフェテリアで昼食をとっていた時、俺は切り出した。
「ん? なんでそんなこと聞くの?」
「いやな、サーシャとダブルデートって話をしたとき、一瞬いやな顔しただろ」
「あー……別に嫌とかそういうことじゃないんだけどね。サーシャちゃん、何を考えてるかわからないところあるから、ついていくのが大変な時があって」
「まあ仕方ない、サーシャはサーシャという人種だから」
「言いえて妙」
サーシャをディスってるのか、それともけなしてるのかわからない会話を、徒然なるままに紗英とかわす。
というか紗英がそこまで言うのは珍しい。人たらしだし、それこそ変態永井を筆頭にわりと誰とでもうまくやれるタイプだと思うんだが。
胡桃沢は3コマ目の講義でレポート提出しなければならないらしく、昼休み早々に図書館に行ったので、ここにはいない。
なので今日は紗英と二人だけだったのだが、そこに一人化学科の女子が合流してきた。
「……ここ、空いてるの?」
「あ、平野さん。空いてるのでどうぞどうぞ」
「……ありがと」
化学科のクールビューティーこと平野千鶴さん。今日もハーフリムのメガネが似合っていらっしゃる。
音もたてず向かい側に座った平野さんに、紗英がまず社交辞令開始。
「あ、ネギトロ丼だ。おいしそうだね」
「……昨日、スーパーで半額だったの。せっかくだから今日持ってきた……」
カフェテリアの座席に、中には弁当を持ち込んで食べる学生もいる。今日の平野さんがそれだ。
まあ、もちろんサラダなどのサイドメニューは頼んだりする必要はあるのだが。
そして、やや近寄りがたいクールビューティな外見とは裏腹に、平野さんは丼物が大好物。それこそ牛丼屋に一人でも入れるほどに。
前に牛丼屋で一人だった平野さんに遭遇したときは心の底からびっくりしたもんだが、照れながら「……文句ある?」と言ってきた平野さんを見てから、なんとなく親近感がわいて、そこから話すようになったんだけど。
クールな美人が照れる様っていいよな。そう思った大学生活であった。
それでも化学科内で平野さんと親しげに会話するやつはそう多くない。俺や紗英、そして胡桃沢くらいなもんだ、気にしないのは。
「ああ、ヨークマートでか。でも昨日のでしょ、大丈夫なの? 痛んでない?」
「……多分大丈夫だと思う。冷蔵庫に入れておいたし……」
ま、平野さんは実際のところ、コミュ障というか人慣れしてしてないだけだ。
もっと細かく言うと男子に慣れてない。いままで一貫してお嬢様学校に通っていたみたいだからな。だから視界に男子がいることで何やら固くなってしまい、そのイメージが固定されてしまった感はある。
平野さん自体が、ぼっちでも気にしない雰囲気を醸し出しており、近くに人が寄ってこなくても何も気にしてはいないようだが。
それでも、一年たってだいぶ化学科のみんなに慣れてきた感がありありと。
「……なに?」
おっと、ついつい考えこみながら平野さんをガン見してたのを不審に思われた。
しかしまあ、ネギトロ丼でさえも垂直に削り取って食べるってホント几帳面だよな。性格は丼物を食べるときにも現れる、ってか。
「いや、クールな美女が丼物をおいしそうに食べてるのってなんかいいな、と思って見てた」
何の気なしにそのような返事を軽く返すと。
少しのインターバルを置いて、平野さんの顔がほんのり赤くなった。
ドスン。
「いてっ!」
「睦月、そういうとこだよ」
「……へ?」
紗英に肘打ちされ、俺は何がなんだかわけもわからず。
「刺されても知らないからね」
「物騒なこと言うな。誰によ?」
「……はあ。もういいや」
平野さんに聞こえないようなひそひそ声で話す紗英の意図がつかめず、俺は首をかしげる。
だが紗英は勝手に自己完結してしまったようだ。
あ、そうそう。
「そういえば平野さん、最近
「……バイトが忙しいから。それがどうかした?」
「いや、ちょっと淋しいなあ、って……ま、忙しいなら仕方ないね。余裕ができたらお待ちしてます」
何を隠そう。
喫茶店にあるメニューである『ホレステリンソーダ』の愛好者とは、目の前にいるこの平野千鶴さんである。
なぜ好きなのかは大体予想がついているが……まあそれは個人の好みの範疇でもあるのでべつにいいかな。
俺の社交辞令に、なにやら下を向いて考え込む平野さん。ネギトロ丼をかき込むのを中断してまでどうしたんだろうか。
「……宮沢君は」
「はい?」
「私に……来てほしい?」
「ああもちろん。平野さんが来ないと──」
──ホレステリンソーダの原液がいつまでたってもなくならないからね。
ドムッ!!
「グフッ!」
上目遣いの平野さんに対してそう言い終える前に、またもや紗英に肘打ちされる。しかも今回は割と強めで、思わずうなってしまった。
「何すんだおい紗英! 一度ならず二度までも!」
「何言ってるの。刺される前に助けてあげてるんだから、むしろ感謝してほしいよ」
「お前は何を言っているんだ」
「まあ、無自覚なたらしは刺されて死ぬのがお似合いの最期だけどね」
「だから誰のことを言っているのかわからない」
「タチ悪っ。その思わせぶりな言動は誰の影響なんだろう」
なんでここまで紗英が執拗に絡んでくるのか。こちも思わずムキになるってもんだ。
見ろ、平野さんもぽかんとしてるぞ。
「……よくわからないが、思わせぶりといえば多分紗英だ」
「なんだいそれ。ボク、睦月ほど見境なくはないよ?」
「へえ、自分を知らないとは驚きだ。
「睦月はチャームをリフレクして相手を自滅させるアイギスの盾だよね」
「ぐぬぬ」
「ふむむ」
人目も気にせずくだらない言い合いをする俺と紗英。
「……ぷっ。はははっ、なんなのあなたたち……本当にわけがわからないわ。コドモみたい」
しかし。
言い合いを眺めながら、突然平野さんがクールのかけらもなく声を出して笑った。俺と紗英が毒気を抜かれるのも当然だ。なんせめったに見られないからな、平野さんの笑顔。
なんか少し得した気分がするのも不思議ではあるけれど。
──ま、いいか。平野さんに免じて、紗英の肘打ちは大目に見てやろう。
―・―・―・―・―・―・―
【 なお、そのとき、睦月の斜め後ろ側では 】
「ちょっとちょっと、見ましたかサーシャ奥様?」
「マダムマサゴ、見ましたわこの目ではっきりと」
「どう見ても坪井っちがやきもちやいて宮沢っちを肘打ちしたようにしか見えなかったよねー」
「おまけにそのあとの痴話ゲンカ。あれを見せられたら、あの二人はただならぬ仲だと思わざるを得ない」
「だから誰も近寄ってこないのに気づかないのかなあ、あの二人……」
「でもそのほうが都合いいでしょ、マサゴもワタシも」
「言うなし」
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