百貨店の閉店において
今日は金曜日。
いつものように起きて、新聞を読みながら文化人ぽい真似をする。
「あ、おはようございますお兄ちゃん」
そうして挨拶されたほうに目を向けると、すでに小百合は俺の向かいに位置取ってた。
「ん? ああ、おはよう小百合。どうした、おずおずとそんなこと言ってきて」
「あ、い、いいえ、なんだか真剣に新聞を読んでるみたいだったので、声をかけるのに気後れしちゃって」
残念、見ているのはテレビ欄だ。
まあいい、兄の体裁を維持するために余計なことは言わないでおこう。
「睦月、朝ご飯はなににする?」
「ああ、時間ないし、辛子高菜のお茶漬けでいいや」
「あらそう。小百合ちゃんは?」
「わ、わたしも同じでいいです」
いまだに寝ている恵理さんはほっといて、おふくろが俺と小百合のリクエストに応えてくれる。
そうして相も変わらずテレビ欄を真剣に見ていたが。
お茶漬けが運ばれてきたので新聞から目をそらすと、向かいにいる小百合が何やら悲しそうな顔をしているのに気づいた。
「……どうかしたのか小百合?」
「あ、ああの、その新聞……」
「がどうかしたのか?」
「そ、
「へっ?」
小百合にそう言われ、ちょうど正反対にある新聞一面を見てみると──『
普通一面を真っ先に見るものかもしれないが、インターネットで大体の時事ニュースをチェックする癖がついてた俺はテレビ欄しか見ないのである。
「あら本当だ。ま、このご時世では仕方ないのかもしれないけどな」
「あ、あうぅ……」
特に強い思い入れもない俺の淡々とした意見など無視するかのように、小百合は悲しそうな感情を隠そうともしない。
「……そんなに悲しいのか、小百合」
「は、はい……外合百貨店には本当にたくさんの思い出があるので……」
「……ふむ」
そういや小百合は膜破離本望駅近辺に住んでいたんだった。
確かに小さいころからお世話になっていても不思議ではない。
「ま、のんびり話をしている場合じゃないな。さて、ちゃっちゃと朝ごはん食べて学校に行こうか」
「は、はい……」
というわけで辛子高菜茶漬けを小百合とふたりで食べる。
辛子が結構効いていて、鼻に抜ける辛みが眠気の抜けない体に刺激を与えてくれるのがいい感じ。
「けっこうツーンと来るな」
「は、はい……くしょん!」
小百合が辛味の刺激のせいか、軽くくしゃみをした。
おおう、くしゃみする小百合もかわいいなこんちくしょう。
「だいじょうぶか、小百合?」
「は、はい。ちょっとだけ高菜の辛さが鼻に抜けてくしゃみが出ただけです」
「ならいいけど」
「……高菜でくしゃみ……」
くしゃみ後になぜか小百合の箸を握る手が固まる。
ご飯粒でも鼻の奥にもぐったのだろうか、なんて思ってたら。
「つまり、タカナクション」
「朝から新しい宝島探してないでさっさと食べようか」
待っていたのは、予想とはまったく違う斜め上の新人類的ダジャレ展開。時間を少し消費したから、急いでお茶漬けの残りをかきこもうっと。
「ああ、あの曲聴くと、私は
そしておふくろはやや古い人種だった。ナウなヤングの俺にはよくわからない。
無理して話に乗ってこなくていいよ。
―・―・―・―・―・―・―
そうして紗英と大学へ行く途中。
「なんだか、外合百貨店が六月いっぱいで閉店するらしいな」
「あ、それボクもニュースで見たね。まあ、あれだけ無駄に大きい百貨店だから、維持費も大変なのかも」
「俺は小さいころ屋上のゲーセンに行ってカツアゲ食らった記憶ぐらいしか残ってないけどな、あの百貨店」
「あー……そんなのあったね。あの時はまさか、お金がありませんと言ってから『じゃあジャンプしてみろ』なんて伝説の脅し食らう羽目になるとは思わなかったよね……」
「あれ考えたやつにノーベル平和賞与えたいと思う。第一ジャンプして音で判明した金額なんて小銭なのにな」
「いや、カツアゲ被害に遭ってる時点で平和ではないと思うんだけど」
大学正門をくぐってから、外合百貨店閉店に関する話題を振ってみた。
ま、あの百貨店に思い入れがあるわけでもない人間では、このくらいの会話が関の山ってもんだろう。
そんな中。
「宮沢っちに坪井っち、おはよー! 何話してたの、ぴったり身を寄せちゃって。何回目かわからない愛のささやき?」
「するか」
胡桃沢がやってきた。
「おはよう真砂ちゃん。外合百貨店が六月いっぱいで閉店するっていう話をしてたんだ」
「あー。まああそこ、いつ行ってもお客が入ってなかったもんね」
「おい胡桃沢、いつ行っても……って、おまえそんなに頻繁にあそこに行ってるのか?」
「え? そーだよ、うちのパパとママ、あそこのVIP会員だったし」
どうやら胡桃沢は割と裕福な家庭で育ってるらしい。どこぞの安売り店とかじゃなく、それなりに高級イメージがある百貨店の常連とはな。
ま、外合にはデパ地下の食品売り場とかもあるから、必ずしも高級品ばかりではないとはいえ。
「そっかー……ちょっとだけさみしくなるなあ」
そう言って何やら考え込んだ胡桃沢が、俺と紗英に向かって提案してくる。
「あのさ、閉店の日、よければみんなで『さよなら外合百貨店』しない?」
「は?」
「みんなでさ、遊びに行くの。いろいろ廻ったりするとか、面白いと思うよ?」
ふむ。
確かに北海道物産展とか絵本作家の個展とか、いろいろイベントはやってたからめぐるだけでも広いし結構歩くし、時間はつぶせるとは思うな。
「いいんじゃない? 睦月、特に六月末に予定はないでしょ?」
「ああ……ないだろうとは思うが……誰を他に誘うつもりだ、胡桃沢?」
「うーん、この前のメンツでいいんじゃない? プラスサーシャ」
またダブルデートになるのか。
一瞬、サーシャの名前が出てきて紗英の表情がこわばった気がするが、『いいんじゃない?』と言ったばかりで舌の根も乾かないうちにダメとは言えないわな。
……紗英とサーシャの間でなんかあったんか?
ちらちら紗英の表情をうかがっているうちに、胡桃沢は話をまとめて、それはもう決定事項になってしまっていた。
「じゃあ決まりね! おまけに、膜破離本望駅前には、ホテルUSOもあるしねー! 今度こそポリネシアンセッ」
「そのネタはもういいわ!!」
ちなみに、ホテルUSOとは、外観がなにやら未確認飛行物体みたいな形のラブホテルである。
膜破離メッセにくるために駅で降り立った人々がまず最初に目にしてにビビる、いわくつきの膜破離本望駅名物だ。
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