ペガサスの朝
「さぁ~~~~えぇ~~~~!!」
次の日の朝。
小百合よりも早く家を出た俺は、喫茶店前で紗英に会うなり頭を抱え込んで、こめかみにコブシをグリグリと当てた。
「いたいいたいいたい睦月なんなの突然ボクなんかした!?」
「なんてことを小百合に吹き込んでくれたんだ」
「……へっ?」
紗英は俺がなぜ怒ってるか、本気でわからないらしい。
「へっ? じゃないっての。なんで小百合に『兄妹なら一緒に風呂に入る』とか常識では考えられないことを吹き込んだ?」
仕方ないので説明してやろう。
それを聞いた紗英は、一瞬きょとんとして。
「……あ、ああああああ!? そういう意味で言ったんじゃないのに!!」
叫びながら、自分の頭をホールドしている俺の腕を振りほどいた紗英。
ソーシャルディスタンスを取り、俺のほうへ向き直った。なんだ、言い訳が始まるのか?
「というかむしろ、その程度で済ませることができたボクの助言に感謝してほしいんだけどなあ?」
言い訳じゃなかった、反論だった。
「……どういうこと?」
「睦月が悪いんでしょ、小百合ちゃんが覗ける状況のスマホで、『ポリネシアンセックス』なんて単語をググって放置するんだから」
「……ほ?」
「そのせいで小百合ちゃんが暴走して、睦月とポリネシアンセックスをする上での準備とかもろもろ、相談しに来たんだからね?」
「……」
「先走った小百合ちゃんを説得するのが、どれだけ大変だったかわかってる?」
理解。
いやそれ、俺が悪いの? 俺のスマホ覗いた小百合が悪いんじゃないの?
そうは思ったが、紗英をいきなり攻撃してしまったことについては、謝罪せねばなるまい。
「……すまん。だが、兄妹なら風呂に入ることもある、というのはいったいなんなんだ?」
「あー、それは……兄妹ならお風呂くらいなら一緒に入ることはあるかもしれないけど、兄妹でセックスは普通しないって……」
「……おおふ」
「つまり睦月がそう言うってことは、小百合ちゃんが睦月のお風呂に突撃してきたんだね?」
「……いえす」
まず今後はスマホにロックをかけようと心に決めた。紗英と俺が一緒にため息をつくさまは、妹に振り回されている兄と姉の心労の表れだ。
「はぁ。あの子はまったくねぇ……いい子なんだけど、ちょっと社会的常識がおかしいところあるんじゃない?」
「……恵理さんの娘だしな」
「ああ……」
一言だけで済んだ。さすが紗英、ツーと言えばカー。
思った通り。やっぱり紗英は、恵理さんに対して苦手意識はあるようだ。こりゃ恵理さんの服を紗英経由でいただくのは至難の業だな。
まあ、それでも──
ドカッ。
「むっちゃーん! 昨日はどこで何してたの!? 鴨山シーワールドじゃなくてホテルUSOにいたとかじゃないでしょーね!?」
──
朝っぱらから来襲とか冗談じゃねえぞ。
「は な れ ろ」
「あああむっちゃんたら、相変わらずつんでれなんだからー! でもそんなところがおねーさん好き」
「おねーさんと呼ばれたかったら、せめてあと一年は早く合格してればよかったのに」
「何言ってるの、相談事ならおねーさんに任せればすっきりばっちり」
「ねー、ちゃんとしようよ、って朝からそんなに言われたいのか!!」
米子さんがらみだと、商店街の人間がみんなして見て見ぬふりをするのがもうね。
ちなみに、いま生意気言われたら、無条件でNG出してひっぱたくつもり。
「アタシほどちゃんと(ギャンブル)してる人間はそーいないと思うけど?」
「へえ、こいつは意外だ。ちゃんと(勉強)やってるんだな。ま、ウチの大学、前期試験が夏休み前だからな」
「そーそ、というわけであたしはちょっと江戸川まで」
「おいこら大学はどーした!?」
「俺の最高のターンを見せてやる、って宣言があったので、水上の格闘技観戦にいってきまーす! じゃーねむっちゃん!」
そういってモンキーターンして駅方面へ向かう米子であった。波多野君、モデルはいるけど実在はしないからな、念のため。ちなみに俺は青島派だ。
まあ、それはともかくとして。
競馬競艇競輪まで手を出してるロクデナシが後輩っていうのもちょっとね。性的な方面にはっちゃけるよりたちが悪いかもしれない、ギャンブル依存症ってやつは。
「……米子さん、そのうち借金返せなくなって、腎臓とか売らなきゃならなくなるんじゃないかなあ……」
「大丈夫だろ、多分あの人なら腎臓二つ無くても他の臓器で透析できそうだし」
というか、腎臓二つ取り出しても、なんか自己再生できそうな気もする。人間の常識で米子を語ってはいけない。紗英のような心配はするだけ無駄。学んだよ俺は。
ただ、あの天災が、ご両親や妹さんにこれ以上の迷惑をかけなければいいんだけどね……
と、天災の心配はそこまで。これ以上変なのに出くわさないうち、大学に行くか。
胡桃沢に会うのがちょっとだけ怖いけどな。
──小百合、転校初日、頑張れよ。
―・―・―・―・―・―・―
「なんで髪の色が元の金髪に戻ってるんだよ!?」
そうしてやってきた、化学科の必修講義が行われる講義室。
胡桃沢に昨日ぶりで会った俺は、なぜか挨拶もそこそこに怒鳴っていた。
「あー、あれはト・ク・ベ・ツ・な真砂だしー? 見せる相手くらい自分で選ぶしー?」
「……」
どういう意味なのか図りかねるが、まあ確かにあの黒髪で胡桃沢が大学に来ていたら、化学科のメンツは『胡桃沢の気がふれた!』とか大騒ぎになることは確実だろうし。
「ほらほらー、そんなことより講義始まっちゃうよ、隣空いてるよー?」
「……ま、いいか」
あいてる右隣の席をバンバンと大げさに叩く胡桃沢は、今までと何ら変わりなくて。
ちょっとだけ、俺はホッとしたように思う。
まあ、一回のデートで、何かが劇的に変わるわけないもんな。
もうしばらくは、このままで。居心地のいいままでいたい。
…………
そういや、サーシャの髪色も、元に戻ってるんだろうか。
あとで紗英と一緒に冷やかしに行ってみよっと。
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