そいね! そいね!
明日は大学だ。とっとと寝よう。
いろいろ悩ましいことが多すぎて、起きてると精神衛生上よろしくない。
ベッドに入った。スイッチ切った。目覚ましかけた。指さし確認ヨシ!
さあ現実逃避の始まりだ!
……と思ったら、世の中そんなに甘くない。
コン、コン、コン。
控えめにドアをノックする音が聞こえる。誰がノックしているかは明らか。
どうしますか?
へんじする
→ むしする
これ以上頭痛の種を増やしたくないんだよ。頼むから自分の部屋に大人しく戻ってくれ、小百合。
コン、コン、コン。
しかし我が妹はあきらめが悪かった。
どうしますか?
どなる
→ むしする
お風呂のこともあわせて考えると怒りたいのはやまやまなのだが、小百合を泣かせてしまうような真似は避けたい。俺は妹を甘やかすと決めたのだから。
この怒りは明日紗英にぶつけるとして、もうここは無視して寝たふりするのが最善手だろう。
ガチャ。
あああああ! 扉が開く音で気づいたよ! 俺、ドアに鍵かけてなかった!!!
「お兄ちゃーん……?」
背を向けてネタ振り寝たふり。
「お兄ちゃーん……? 起きてますかー?」
「……」
「深夜のいもうと急便ですよー? さわやかフィーリングないもうとが来ましたよー?」
「……」
「お兄ちゃーん、起きてますよねー?」
「寝てるって言ってるだろう!! だいいち小百合、おまえも明日から中学校なんだから早く寝なさい!!」
「……起きてました、よかったぁ……」
「ぜんっぜんよくない!! というか俺の言ってること理解してもらえない!!!!」
息切れするくらい大声で叫んでるのに小百合はどこ吹く風というか暖簾に腕押しというか。ラマーズ法で落ち着いてから暗闇に光を灯し、兄として説教しよう。
「……小百合、そこに座れ」
「あ、は、はい」
「ベッドにもぐりこめと誰が言った!?」
なにをしに来たのか意味不明。
俺は呆れるばかりだ。
「えへへぇ……お兄ちゃんのベッド……お兄ちゃんのにおい……」
「この妹はどこでそういう言葉を覚えてくるんでしょうね?」
「え、ええと、スマホでいろいろとググって」
買ったばかりだけど、スマホを取り上げてやろうか、なんて本気で思った。いやさ、スマホを所持できたことが嬉しくてそういうことを調べてるんだろうけどね。
「……とにかく、いろいろ言いたいことがある。まず、なんで風呂に乱入してきた?」
「え? ですから、兄妹でハダカの付き合いを……」
「そうじゃない! いいか、はだかの付き合いってことは、小百合のそのわりと大きめなおっぱいもそれ以上に大事なところも晒さなきゃならないんだぞ? せめて水着とか着てくるならともかく」
「……」
「だから、そういうことをするときは、事前に……」
「あああああああああああ!」
そこで小百合が小さい秋になった。
「そ、そうでした……あうぅぅ……な、なんてはずかしいことを……」
「今さら何をいっているんだ」
「あ、あの、お兄ちゃんともっと仲良くなりたいなと思う気持ちが強すぎて、そこまで頭が回りませんでした……」
「……やっぱ、恵理さんの娘なんだなあ……」
俺はため息をついた。いや、いくらなんでもそんなこと服脱いでるときに気づくだろ。
恵理さんの猪突猛進な性格は察していたが、やっぱり小百合もその血を引いてるんだな。
「あ、で、でも、お兄ちゃんになら見られても構いません。恥ずかしいけれど、わたしのすべてを知ってもらいたいので」
「そういうセリフは誰にも言っちゃだめだからな?」
「? お兄ちゃんにしか言いませんよ? だって兄妹なんですから」
「……」
小百合の未来がおぼろげながら見えた。
このまま成長すると、男を惑わす悪女になるかもしれない。月夜には素直になりすぎるレベルで。
「とにかくだ。この年齢で兄妹一緒にお風呂に入っているなどとおふくろが知ったら、卒倒どころか激怒するからね間違いなく。もうそんなことは考えないように。いいね?」
恵理さんは省いた。反論を許さないように、語尾に力を込めてそう諭す。
「……わかりました。でも、この年齢で一緒にお風呂に入るのは、そんなにおかしなことなんでしょうか?」
「そりゃそうだろ」
「じゃあ、もっとわたしが大人になったら、一緒にお風呂に入ってくださいね?」
「そっちのほうがやばいだろ!? いいか小百合、例えばだ。おまえはクラスの男子とハダカで一緒に風呂に入ることができるか?」
「……」
「だろ? いくら兄妹でも、超えちゃいけない一線ってものがあるんだよ。だから、もうそんなことはしないこと。いいね?」
小百合は小さくうなずき、少し黙って。
俺は仕方なく、頭をなでることにする。
「……わたし、舞い上がってたんです」
「ん?」
「それまでどこに行ってもひとりぼっちだったわたしに、突然できたお兄ちゃん。今まであったこともなかったのに、わたしを妹として認めてくれて、ただただ優しくしてくれて」
「……」
「そしてわたしも、会ったことのない男の人だったのに。名前を呼んでもらえたあの日、お兄ちゃんがなにかすごく自分にとって特別な人なんだと自然に受け入れることができました。それがとてもうれしくて、舞い上がってたんです」
「……」
「だ、だから、お兄ちゃんともっと仲良くなりたくて。もっと好きになってほしくて。お店の手伝いをしたらお兄ちゃんは褒めてくれるかな、とか、お兄ちゃんとデートしたらもっと好きになってもらえるかな、とか。そんなことばかり考えていました」
まあ言わんとしていることはわかった。
つまり小百合は、そのことと同じように俺と風呂に入ったらもっと仲良くなれるとか思っちゃってたわけね。
「ばかだなあ」
「……え?」
「小百合はもうすでに、俺にとっては誰とも比べることのできない特別な存在なんだよ。たった一人の妹なんだもんな」
「……」
「これからどんなことがあっても、小百合は俺の妹だし、俺は小百合の兄だ。それはずっとずっと変わらない。だから小百合のことを嫌いになんかならないし、それは信じてくれ」
「は、はい!」
よしよし、さすが我が妹。やればできる子。
「あ、で、でも。ちょっと不安なので、きょうは、一緒に寝てもいいですか……?」
「ん? 何が不安なんだ?」
「え、えと、明日から、新しい中学校なんで……」
「……」
そのところの小百合の言い方に、いかにもな不安の心もちが駄々洩れしてたので、嘘でないことはすぐにわかる。
冷静に考えれば、そりゃ前の中学校ではいじめられてたみたいだから、新しいところでも……って不安になるだろう。
ま、残念ながら、その心配はないけどな! 少なくとも小百合の後ろに『フロイライン』がそびえたってるうちは。
──と、分かってはいるものの。
「しゃーないな、きょうだけだぞ」
俺は小百合を甘やかすと決めたんだから、このくらいはいいだろ。
ああ、なんか小百合がぬくい。
「は、はい! ありがとうございます! えへへぇ……」
猫のように丸まって身を寄せてくる小百合から発せられるシャンプーとボディソープのにおいが飛ばないように。
俺は、静かに上から布団をかけた。
「お兄ちゃんとはじめての、ポリネシアン添い寝ですね!」
「ぶはっ!」
やっぱり俺のスマホ覗きやがったな。何でもポリネシアンつけるな小百合。じゃあさっきのはポリネシアンお風呂か。
……万が一にも、誤挿入しないように気を付け……おい小百合、パジャマを脱ごうとするな。それだけは兄として阻止させていただく。
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