兄妹でハダカの付き合い……ハダカ?

「はー、今日は疲れたわー」


「そうね、恵理も結構慣れてきたから、おかげで助かったわ。ありがとね」


「どういたしまして。体力だけは年々落ちてるけどね、あはは」


 おふくろと恵理さんが、仕事を終え、女二人で晩酌をしている。

 まあ今日は俺も紗英もデートのせいで手伝えなかったから、ちょっとだけ申し訳ない。


「お疲れ様、今日は休んでごめんね」


「んーんー、いいよいいよ、学生だもの。睦月君には働くより大事なこともあるでしょ!」


「そうね。それに小百合ちゃんも頑張ってくれたしね。バイト代というわけじゃないけど、お小遣いをはずみたいとは思ってるわ」


 おっと、そういや小百合はどこへ行ったんだ?

 明日から紅町中学校へ通うことになったんだから、準備とか終わってればいいんだけどさ。


「そういえば恵理さん。小百合、明日は転校初日ですね」


「ん。本人はあまり行きたがらないみたいだけど」


「……」


「大好きなお兄ちゃんのそばにいる方が幸せなんじゃないかしら、小百合には?」


 恵理さんがニマニマと意味ありげな笑顔を見せるので、思わずポリポリと頬を掻いてしまう。


「ま、まあそれはともかく、小百合って前の中学校ではいじめられてましたよね? 今回はそうならなければいいんですけど」


「……そうなの? 小百合ちゃんが? あんなかわいくて素直ないい子を?」


 俺が話題転換で懸念を表明すると、事情を知らなかったおふくろが心配そうに会話に乗ってきた。


「そうなんだよ。まあさ、かわいい子ほどイジメたくなる、みたいな心境のガキがほとんどだとは思ったけどね」


「ふーん……まあいいわ。町内会にも『ウチの娘をいじめる様な不届き者がいたら、それ相応の報いを受けてもらうことになる』って通達しておくわね」


「まあ確かにウチの関係者と知ったうえで、不埒な真似するバカはいないと思うけどね……」


 紅町商店街の女帝・宮沢久美。その悪名……間違えた、その威光は知らなきゃモグリなので、おふくろがそう通達出してくれるならまあ安心だろう。

 恵理さんもおふくろの怖さをよく知っているせいか、それを聞いて安心したみたいだ。


「そうねー、前の中学校とかから、小百合をいじめていた人間が一緒に転校してきたりしなければ問題ないわよねー」


 ……なんか今、よくないフラグが立ったような気がするけど……懸念で終わることを祈ろう。


「まあさ、ふたりとも疲れたでしょうから、晩酌もほどほどにして早く風呂に入って休んだ方がいいよ。お先にお風呂どうぞ」


 飲みたい気持ちはわからないではないけど、いちおう節度は守る必要あるし、自制のお願いはしておく。


「そだね。まあそろそろお風呂に入ろうかな。久美、お先にどうぞ」


「ここの家長は私なんだけど、なぜ恵理に言われなきゃならないのかな、そのセリフ?」


「どうどう」


 ケンカするほど仲がいい、そういうことだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 というわけで、ふたりは酒のせいもあり、風呂に入ってからとっとと寝てしまった。

 俺はそのあとにお風呂を堪能する。


 ──明日、大学で胡桃沢に会ったら、なんて反応すればいいのやら。


 そんな杞憂は、扉のノック音で吹っ飛んだ。


「……お兄ちゃん?」


「おお、なんだ小百合か。どうした? 明日から中学校だろう、早く寝ないと起きられないぞ」


「あ、あの、お話があって……」


「そう。じゃあ、風呂から上がったら──」


「……なので、お邪魔しますね」


「……はい?」


 小百合が何を言っているのか、最初は本気でわからなかったが。

 そのあとにいそいそと服を脱ぐ小百合のシルエットが扉から確認できる。


「お、おいいいぃぃぃ!? 小百合、いったい何を!?」


「お、お兄ちゃんと、一緒にお風呂を……」


 俺は錯乱した。いや、錯乱どころの話じゃない。風呂の水がバシャバシャと音を立ててしぶきが飛んでいる。


「ば、おい! 大人になったらふつう男女は一緒に風呂に入らないんだぞ!?」


「え? でも、お姉ちゃんが『兄妹なら一緒にお風呂に入ることもある』って……」


「さぁーーーーーーえぇーーーーーー!?」


 俺が紗英に対する恨みの声をあげているうちに。

 小百合が服を脱ぎ終え、風呂の扉を開けた。


 …………


 全裸じゃねえか!? 水着とか着てくるもんだと思ってた俺がバカだったよ!

 すぐに目をそらしたが時すでに遅し。見たいとは思わなかったのに、バッチリと目に焼き付いてしまった。寝ている時にうなされそう。


「バ、バカ! 早く出ていきなっしー、小百合!」


 おかげで県のマスコットキャラが登場しちゃったじぇ。天和二回あがったのにビリになった先鋒戦のような敗北感しかない。


「え、で、でも、兄妹としての精神的なつながりを……」


「ここの場では、俺はそれをこれっぽっちも求めてないよ!!」


「そ、そんなぁ……お兄ちゃん、そんなにわたしのこと、キライなんですかぁぁぁ……」


「ちがうちがうちっがーう! 妹として好きだからこそこんなことしちゃいけないって言ってるの!!」


 そう言っているうちに、しれっと小百合が浴槽に片足を入れてきた! ピンチだ!


 ……ええい、もう小百合に見られても知ったことか! 俺は部屋に帰らせてもらう!


 ザバッ。

「……あっ」


 なにやら見てはいけないものを見たような声をあげる小百合をほっといて、俺は男らしく潔くと風呂場を後にした。

 ぴしゃん、と音を立てて閉じる扉は防御力ゼロに等しい。今度から鍵つけよう。


「お兄ちゃんは先にあがるから、小百合はゆっくり湯船につかってなさい。いいね!?」


「……そんなぁ……しょぼーん……」


 兄の股間は守れなかったが、兄の沽券は何とか守れた。


 紗英、明日を覚えてろよ!

 怒りがこみあがってきた俺は、ふと床に目をやる。


 ……なんで白のスケスケなブラジャーとTバックなんて下着が、脱ぎ捨てられてるんでしょうね……?


 そして。

 小百合、意外と胸、大きかったな……


 ……ああ、やめやめ! もう寝よう、寝てすべて忘れよう!

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