つつがあったデートの終わり
なんだかんだいわれつつも、動物公園でのダブルデートは終わりを迎えようとしていた。
「ねえ、提案なんだけど。約束の時間までの残り一時間、別行動しない?」
「……は?」
胡桃沢のいきなりの提案に、俺はマヌケ面を晒しただけ。だが他のみんなは、表情に何の変化もない。バカみたい。
「ん、そうだね。じゃあ一時間後に大時計のところに集合しよう」
「うん。その一時間で、ワタシもサエを
「虜じゃなくて捕虜じゃないかな……捕虜への拷問とかは条約で禁止されて……」
「じゃあねムツキにマサゴ。また一時間後に」
「あ、ああ、なんでサーシャちゃんこんなに力強いんだー!?」
ズルズルズル。
あわれ紗英はサーシャに引っ張られ、どこか人気のない方へ去っていってしまった。
そうして俺と胡桃沢は二人取り残され、俺は呆然としつつも。
「……なんか、見たいのある?」
いちおうのマナーを守って、胡桃沢に尋ねた。
だが、胡桃沢は俺の腕をグイと引っ張り、目の前に置いてあるベンチに座ろうと誘ってくる。
「見たいものは見たよ。だから、今一番したいのは、宮沢っちとの会話かな」
そう誘われてから気づいた。確かに今まで胡桃沢とサシで話をしたことはない。
紗英なりサーシャなり化学科のやつらなり、他に誰かも必ず一緒にいた。
「……わかった」
承諾してベンチの隣に座ると、胡桃沢がまたさっきみたいに笑い、なぜか俺は少しだけ意識してしまう。バカみたい。
「宮沢っちは……楽しかった?」
「ああ。来てよかったよ」
「ならよかった」
無難な問いかけには無難に即答。本心だから
御子柴と唐橋という思い出したくないイレギュラーはあったにせよ、それを差し引いても退屈な時間はなかった。
「ねえねえ、宮沢っち」
「ん?」
「真砂が今、何を考えているかわかる?」
いつもの胡桃沢らしからぬ、ちょっと真剣な物言いでそう訊かれ、俺は少し腰が引ける。
だがここでカッコつけても何の意味もない。
「……ごめん、わからない」
女心を勉強しなければ、とその時ちょびっとだけ思ったけど、そんなのすぐにわかるわけない。正直者が一番だ。
その時だけはいつものように騒がしく笑う胡桃沢を見て、ほっとする俺もどうなんだろう。
「あはははー、そりゃそうだよねー」
「ああ。なにを考えてたんだ?」
いつもの胡桃沢だったので、ついいつもの調子で聞き返す。しかしこれは失敗だった。
「んとね、宮沢っちと手をつなぎたいな、って」
「……」
リアクション消失。俺がどう返事したものかと悩んでいると、胡桃沢はベンチに乗せた俺の右手に自分の手を許可なく重ねてくる。
「宮沢っちは、確かに心の壁を作っているけど。それでも、人を見た目で判断したりしないよね。それ、すっごくいいとこだと思う」
「……は?」
突然始まる褒め殺しに何やら照れくささが先走ったのだが、手をどかす前にそんなことを言われちゃったもんで、手を払いのけるタイミング失ったわ。
それこそ俺じゃなくて胡桃沢のいいところだろうに、と割り込む間もなく、胡桃沢はしゃべり続ける。
「何を考えてるかわからない平野っちにも、ルックスだけは話しかけるのが気後れしそうなサーシャにも、そして見た目が派手で遊んでそうな真砂にも、先入観を持たないで同じように話しかけてくれるよね」
「俺の普通で話してるだけだが」
「……それ、どれだけ真砂が嬉しかったか、わかってる?」
先入観を持たずに、じゃなくて、単に空気読んでないだけなんだけど。悪く言えば大味な会話だ。自分が嫌われたくない相手にはもっと慎重になるかもしれないけど、媚を売るような真似はしたくないからそうしてるだけで。
あと胡桃沢、自分がケバいということは自覚してたんだな。
「なにがそんなに嬉しかったのさ?」
「うん、憶えてない? 新入生歓迎のコンパで、先輩にしつこく『遊んでそうだよねー』とか『経験豊富そう』とかさんざん絡まれて嫌になってたら、宮沢っちが先輩に言ってくれたじゃん?」
「……ああ」
「えーと、『“見た目”っていう個性を理解せずに遊んでそうとか決めつけるヤツは誰にも好かれないぞ、先輩?』、だっけ?」
「……思い出した」
「最初はきれいごと言ってるなと思ったんだけど……宮沢っちを見てたら嘘じゃないってわかったから」
あれ、胡桃沢に絡んでいた先輩ってのが、高校の同期で同じクラスだった
ま、都合よく解釈してくれてるのを修正する必要はないということで、それに関しては触れないでおく。
「それを見習ってね、真砂も見た目で人を決めつけないようにしたんだ。そうしたら毎日が楽しくなって、友達が増えて、世界が広がった。だから、それを教えてくれた宮沢っちには心から感謝してるよ」
「……どういたしまして」
何か言ったらぼろが出そうだ。無難に無難に。
そこでお互いにしばし黙り込む。俺は聞き手に回るぞ。さあ早く話せ胡桃沢。
「だからね、最初にツバつけておきたかったんだー!」
「……」
「なんせさ、壁が消えてないなら、宮沢っちに彼女なんてできないでしょ? なのに、突然知り合ったばかりの妹ちゃんには、あんなに心を開いた笑顔を見せてた」
「……」
「ならば負けてらんないもんね。真砂だって宮沢っちの心を開いてやる、って」
「……」
「ね、少しは、真砂のこと意識してくれた?」
「……それは答えにくい質問だ。パス」
俺は逃げた、文句あるか。
意識したと答えてもしてないと答えても、その後のフォローが難解極まりないのは明らかでござる。
「ならさ、質問変えるね。少しだけでも、真砂に興味はわいたかな?」
だんだん外堀を埋められてるような気がするのは気のせいか?
でもここでわかないと答えたら、女心の勉強試験としては追試確定なんだろう。
「……少しは、な」
自分が『無難な答えマシーン』と化していることを自覚しつつそう返事すると、胡桃沢は満面の無邪気な笑みを見せてくる。
これが、心を許した笑顔、というのだろうか。
……まあ今すぐ彼氏彼女とかになることはあり得ないけども。
「今後は、胡桃沢のことも、もっと理解しようと努力するよ」
俺に心を許している相手ならば、歩み寄ってもいいのかもしれないと思った。今はこれが精いっぱいですすいません。
それを聞いて頷いた胡桃沢の手は、ほんのりあたたかくて、なにか落ち着かない。
でも、振り払おうという気はとっくに消え失せていた。
―・―・―・―・―・―・―
「お疲れ様でしたー! 楽しかったね!」
「ソレナリニ」
「……お疲れ様」
胡桃沢とサーシャは、解散時、すこぶるご機嫌だった。
紗英は……まあなんか複雑そうな顔をしているけど、それは後日問いただそう。
「俺も楽しかった。ありがとうな」
人間として最低限の礼儀はわきまえ、そう挨拶したはいいが。
そこで調子に乗った胡桃沢が通常モードに戻る。
「じゃあ、次のダブルデートは、お互いに部屋を貸し切って、ポリネシアンセックスをしよー!」
「おいぃぃ! そんなことするのは恋人同士だ!」
俺たちまだチューどころか恋人同士にもなってねえぞ。いろいろすっ飛ばしすぎだ。無論冗談だろう。笑えない冗談だとしても。
ネタじゃなくて胡桃沢はそんなに好きなのか、ポリネシアンセックス。というかどんなことするのかちゃんとわかってるのかも謎だ。
「ああ……でもワタシとサエがするのはポリネシアン貝合わせ……」
「もうほんと、下手な日本人よりニホンゴ詳しいよなサーシャ」
そんなグダグダな最後の会話を済ませ。
「じゃあ、真砂とサーシャはこっちだから。また明日、大学でね?」
「ドポバチェンニャ」
「真砂ちゃん、サーシャちゃん、また明日ね」
「またな」
駅でお別れである。
さて、つつがなく……はなかったけど無事デートも終わった。帰ろう……としたとき、胡桃沢が不意に、後ろから俺の耳元に近づいて。
(宮沢っちともっと仲良くなれるなら……本気で、いつでもポリネシアンセックスに付き合うからね)
他の誰にも聞こえないように、そう囁いてきやがった。
俺は耳元でささやかれてくすぐったいのと、それ以外の感情がごっちゃになって、耳まで瞬時に赤くなる。
「胡桃沢! おまえなぁ!」
「あははー、ぼうりょくはんたーい! じゃ、バイバイ!」
俺がこぶしを振り上げるよりも早く、胡桃沢は逃げた。明日どうしてくれようかこの野郎。
「……」
「? どうしたの、睦月? 口元が呆けてるよ」
「……いや……女心って、これもうわかんねえな」
振り上げたこぶしの落としどころはいずこ。
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