次のデートに向けて

 きょうのデートは最後に何かどっと疲れが出たようにも思うが、なんとか自宅前まで戻ってきた。

 喫茶店フロイラインはそれなりに混んでいる。


「忙しそうかな……? ボクも今からバイトに入る?」


 ガラス越しに店の様子を伺い、紗英が気を遣ってくれたが。


「ん、まあ大丈夫じゃないかな。恵理さんもそろそろ慣れてきたことだし。もしもここからさらに混雑し始めたら救助信号送るから、今日はとりあえずゆっくりして」


 サーシャに最後なにをされたか聞いてないけど、紗英もなにかまがまがしいものに憑りつかれたような顔してる。一人でゆっくり休養させた方がいい気が。


「そう。じゃあ万が一があったら連絡ちょうだい。ボクは自宅待機してるね」


「おお、今日はお疲れ様。紗弓さんにもよろしく」


 という感じで紗英と別れ、俺は裏口から中へ入った。

 喫茶店の中には、様々な年齢層の客に混じって、ちんちゃこい看板娘の小百合がちょこまかとあちこち動き回っている。ほほえましい。

 どうやら小百合は、丸一日喫茶店の手伝いをしててくれたみたいだな。遊びたい盛りだろうに、申し訳ない気持ちになってきた。


「ただいま。小百合、お手伝いお疲れ様」


「あ、おかえりなさいお兄ちゃん」


 俺の姿を確認するや否や、小百合は客に向ける用より数倍以上の破壊力を備えた笑顔を向けてきた。何か違うようにも思うが、まあそこはいいとしよう。スマイル0円。


「明日から中学校だというのにすまないな、小百合」


 スマイルのお礼もかね、パタパタと足音を響かせ寄ってきた小百合の頭をなでる。

 褒美としていつもより二割増しくらい撫でまわしてやろう。


「あ、い、いいえ、どうせすることもなかったですし、お手伝い楽しいですし。それに……こうやってお兄ちゃんに撫でてもらえると、疲れなんて吹っ飛びますし……」


 あああもう本当にかわいいなあああ! 俺の妹は世界一カワイイ。

 というわけで疲れを吹っ飛ばすために、ずっと小百合の頭を遠慮なくなでつつ兄妹の会話。


「まあ、知り合いとか誰もいなくて不安かもしれないけど、ご近所さんにも同級生とかいるからさ。中学校できっとすぐに友達できるんじゃないかな」


「は、はい! 今度こそはお友達を作れるよう、頑張ります!」


「……こんどこそ?」


 すっごく気になる言葉が出てきたんだけど。詳しく聞きたい、でも聞けない。

 まあ確かに、小百合がスマホとかで何かしら友達とやりとりしてるとこを見たことは、この家に来てから一回もないや。


 …………


「なあ、小百合。スマホとか持ってるのか?」


 肝心なことを訊くの忘れた。


「え? いいえ、持ってませんよ? あんな高価なもの……」


「今 す ぐ ス マ ホ を 購 入 し よ う。母さーん! 今から大至急、コドモショップ行ってくるからー!」


 さすがにおふくろと大声で呼ぶには憚られる。

 いちおう断ったぞ、さあ今すぐスマホ購入にレッツゴーだ。小百合専用の。



 ………………


 …………


 ……



「い、いいんでしょうか、こんな高価なスマホを買ってもらっちゃって……」


「いいのいいの。ないと不便だし」


 というわけで可及的速やかに小百合用のスマホを契約してきた。まあ名義は俺だけど。


「……え、えへ。ありがとうございます。嬉しくてずっといじっちゃいそうです」


 申し訳ないという気持ちはあるのだろうが。

 そういう言葉を俺が欲してないと気づいたのか、小百合ははにかみながらそうお礼を言ってくれたので、俺としては本望である。兄の愛情は金に糸目をつけないんだ。

 アイポンではなくペクスエリアというアンロドイドの機種にしたのは、単に俺の好みだ。


「さ、あとでいろいろ設定しようか」


「は、はい! あ、あの、お願いなんですが……」


「ん? なんだ?」


「お兄ちゃんの登録をいちばん最初にしたいんです! お願いします!」


「……光栄です、お嬢様。じゃあ家に帰ったらさっそく」


 嬉しいこと言ってくれる。

 そのうち小百合に彼氏とかできたら、そっちの方で連絡とるのがメインになるんだろうけどなあ……兄は寂しい。

 ま、ここくらい小百合の初めてをいただいても罰は当たらないだろ。


 てなわけで帰宅すると、喫茶店はすっかり落ち着きを見せていたので、遠慮なくスマホの使い方を小百合にレクチャーすることにした。めんどくさいので俺はスマホにロックをかけない主義だが、小百合には遠慮なくかけてもらおう。


「……ということ。わからないことがあったらなんでも検索できるからね」


「は、はい! 夢だったんです、自分のスマホでググるのが!」


「つつましい夢だなあ……」


 あ、そういえばフィルターどうしよう。

 ま、そんな危険な使い方、小百合はしないだろと信じているから、どうでもいいか。


 …………


 ググると言えば。

 今日のパワーワードである、『ポリネシアンセックス』って、いったいどういう行為なんだろ。

 言葉は聞いたことあるけど、俺も詳しく知らないや。


 ──よし、ちょっとググってみるか。


 えーと、なになに……五日間かけて行う? 激しく動かない? じっくり愛撫する? 射精よりも精神的な交わりを重視する?


 …………


 ──か。

 そんな意味があったからこそ、胡桃沢がわざわざ繰り返して発言したのかも。


 うん、まあだいたいポリネシアンセックスに関してはわかっ──


「睦月! ちょっと悪いんだけど、食塩切れそうだから買ってきてくれない!?」


 そこで、フロアにいるおふくろから、お使いヘルプの声が飛んできた。


「ああごめん余裕見せてサボって。いいよ、食塩五キロでいい?」


「いいわよ、お願いね!」


「りょ。小百合、俺はひとっ走りお使いに行ってくるな。終わったらライソ登録しよう」


「は、はい! わたしも手伝いましょうか?」


「いや、食塩重いし、ただ買ってくるだけだから大丈夫。ちょっと待っててね」


 そう言って、スマホと小百合を置いたまま、俺は買い出しに出かけた。



 …………


 ……



 買い出しから戻ってきたら、小百合の顔が真っ赤になってたのはなぜだろう。


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