慰めにもならないけれど

「あ、あんたたちなんてかまっていられませんわ! 覚えてらっしゃい!」


 俺が胡桃沢に、紗英がサーシャに腕を掴まれる様子を見て、さすがの御子柴もいろいろと悟ったのか。まさしく悪役みたいなセリフを残し、肩を怒らせながら人気のない方へと去っていく。


 そしてその後ろを、まさしく金魚の糞のごとく焦りながらついていく唐橋が、不意に立ち止まり。


(ご・め・ん・な・さ・い)


 言葉は聞こえなかったけど、俺のほうへ向けた唇の動きはそう言っているように思えた。

 もちろん、そのあとまた慌てて御子柴の後をついていったようなので、話しかけることなどできない。


 なにに対して、ごめんなさい、なんだろうか。今のことか、それとも──って、まあもうどうでもいいや。昔のことだ。

 きれいだった唐橋の長い髪が短くなってたように、俺たちを取り巻くものも変わっているというだけ。


 自分に酔ってるとツッコまれても言い訳できないそんな考えの中、ちょいちょいと上着の裾を胡桃沢に引っ張られ、俺は現実に帰る。


「で、なんなのあの性格悪そうな女は?」


 ストレートど真ん中だ。

 さてどう説明しようかと悩みつつ、うまい言葉が浮かばないで沈黙していたが。


「中学時代のボクと睦月の天敵」


 紗英が代わりに説明してくれたおかげで、胡桃沢もサーシャも納得したようである。


「そうなの? まあね、真砂にも仲が悪いってことは伝わってきたけど」


「……あのいけ好かない女、マサゴみたいなカッコしてた」


 サーシャの言葉に、いやそうな表情を見せる胡桃沢。


「ちょ、やめてよサーシャ! たしかに真砂もあーいうアウターとかワイドパンツとか好きだけど!」


「……あいつ、ああ見えていいとこのお嬢様なんだよね」


 そこで俺がやっと口を挟んだので、他の三人の動きが止まった。


「で。中学時代は、すっげーギャンギャン騒ぎ立てながらクラス内を引っ張っていくリーダーみたいな感じでさ。例えるなら今の胡桃沢みたいにな」


「……」


「うん。そしてボクと睦月は、かっこうのいじめの的だったね」


「えええ!?!?」

「なんですと!?」


 示し合わせたように驚く女子二名。

 そんなに俺と紗英がいじめられてた事実にびっくりするか?


「信じられない……宮沢っちは飄々といじめをうまくかわしそうだし、坪井っちはいじめられてもそれ以上に味方が多そうなのに……」


「スクールカーストなめんなよ。中学校という閉鎖的な社会の中で、それに抗えるのはほんの一握りだぞ」


「いやね、でも確かに真砂ちゃんの言う通り、睦月はこんな感じで飄々としてたし、ボクには先輩の知り合いが多数いたから、そんなに悲惨なことにはなってなかったんだけどさ」


「そっか……サエは男のふりをした女装女子だから、いじめのタゲにされたわけね」


「サーシャの紗英に対する認識を改めないと、今後に重大な支障が出そうな気がするのは俺の気のせいか?」


 サーシャは常にイミフなのだが、まあ言ってることは大筋で間違ってない。それでもあくまでいじめはクラス内だけの話で、それ以外はおおむね紗英の味方ばかりだったからね。

 ま、後半になると、紗英をかばっていた俺のほうへの攻撃が激しさを増した。


「ただ……ひとつだけな」


 許せないことと言えば。

 その状態でも結構仲がいいと思っていた唐橋が、御子柴に言われるがまま俺に嘘の告白をしてきて。まんまと引っかかった俺はみんなの笑いものにされた、という一点だけなんだが。

 さすがに自分の恥というかトラウマを、この二人に暴露するのは控えておきたい。


「どうしたの、宮沢っち?」


「……ん、ああ、なんでもない。まあそういうわけで、高校時代は会うこともなかったからさ。あの頃のわだかまりなんて溶けてないわけ。以上」


 以上、という言葉に紗英は何も言わなかった。俺の心境を察してくれたんかな。


「そっかー……」


 一方、胡桃沢は。

 思案するようなそぶりをしつつ、俺と紗英を交互に見る。


「なんかね、今の話を聞いて、宮沢っちが真砂とか化学科のみんなに心の壁を作っている理由が、なんとなく分かった気がするよ」


「……へ?」


「宮沢っちはさー、『きっとこいつは自分を裏切らない』と信じた人間には無防備なんだけどさ、それ以外の他人には心を開こうともしないよね。だからはた目から見ると飄々とした感じに見えるの」


「……」


「妹ちゃんにもさー、半分とはいえ血がつながってる、だから自分を裏切ることはない、って安心感があるから、あんな笑顔向けられるんでしょ? 一年ちょっと見ていても、同じ科のみんなには見せたことない笑顔なのにさ」


 ま、小百合にデレているのは隠してないから、バレて仕方ないとはいえど。


「多分そうなっちゃった理由は、さっきの性悪女が何か絡んでるんだよね? やりすごしたいような表情みてたらわかるよ」


 すごいすごいぞ胡桃沢。結城華子並のエスパー認定を出してやりたいくらいだ。


 さすがだね、と紗英が感嘆した。

 傍らで「おー」と声をあげながらわざとらしく拍手するサーシャ。


 意識してはなかったけどな、自分では。

 でも、胡桃沢の言うことは正しいと思う。おそらく俺の中では、『この人のことを詳しく知りたい!』と思う相手が限られているんだ。


 それを、他人に興味がない、と言われればそれまでだけど。

 人の顔を覚えるのが苦手なのが、そこから来ていることは間違いないだろう。


 だからこそ。


「だからねー、宮沢っちがもしも、化学科のみんなに心を開いてくれるようになるならば……真砂は、何でもするよ」


「……なんでも?」


 そう言ってくれる胡桃沢は、きっと悪いやつじゃない。


「うん、なんでも」


「具体的にはどこからどこまでの『なんでも』なんだ?」


「んーとね、ハグからポリネシアンセックスまでの『なんでも』かな?」


「おいぃ!?」


 とか思ってたらとんでもない単語出てきた。小百合がいなくてよかった、悪影響を与えてしまう。

 少しは見直したのに、俺の感動を返せ。


「あははー、まあそれは半分冗談としてさ」


「半分は本気なのか……」


「言葉の綾波にツッコまないの! 大事なとこなんだから!」


 そう言い終わるや否や、胡桃沢は俺の腕に自分の腕を絡めて。

 上目づかいで俺を見ながら言い放つ。


「さっきね、真砂とあの性悪女が似ている、とか言ってたけどー」


 気のせいか、胡桃沢の頬は少し膨らんでいたように思えた。

 そして間髪入れずに二の腕をつねられる。


「いたたっ!」


「冗談じゃないっちゅーの! 一緒にしないでよね?」


「……わかってる。すまんかった」


 そう。胡桃沢は、いかにも陰で他人をボロクソ貶しそうな感じのくせに、絶対に人間を差別しないんだ。全員と対等な目線で対等に接している。

 それがたとえ俗に言うキモオタみたいな人種でも、永井みたいな真正の変態でも、絶対に自分より下に見たりはしない。


 最初からわかってるんだ、胡桃沢が悪いやつじゃないって。

 御子柴みたいなやつとは違うって。


 だから、素直に心から謝罪した。


「うむ、それならよろしい」


 俺の腕に巻き付いたまま謝罪を偉そうに受け入れて、少しだけはにかむように胡桃沢が笑う。


 いつもと違うその笑顔に、俺が面食らったのは言うまでもない。


「……ああ。そうだな、気づかなかったよ」


 ──胡桃沢も、小百合みたいな笑顔をするんだな、って。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……おおう、マサゴの独壇場。サーシャの出番なし」


「ははは……まあ、デートだしね。我慢しよう」


「うん、だからサーシャもサエになんでもするとか言ってみる」


「……ちなみに何でもの範疇は?」


「三角木馬から鋼鉄の処女アイアンメイデンまで」


「拷問反対」

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