思わぬ再会

 その後、胡桃沢とサーシャの機嫌がなおらなかったので、オープンカフェ……というかただの休憩所みたいなもんだが、そこで休憩することにした。飲み物はセルフである。


「あ、ちょうど四人席が空いてるね」


 紗英がそう言って空席を我先にと陣取る。

 俺はそのあと紗英の隣に……


「ちょーっと待ったぁ!」


 座ろうとすると、胡桃沢がいきなりストップをかけてきた。


「なんでダブルデートに来てるのに、宮沢っちが坪井っちのとなりに座ろうとするのよ!?」


  真砂   サーシャ

 ────────────

    テーブル

 ────────────

  睦月    紗英


「↑ こんな座り方おかしいでしょ!?」


「いや、図解までしなくても……」


「そうでもしなきゃ理解しないでしょ宮沢っちは!」


  睦月    真砂

 ────────────

    テーブル

 ────────────

 サーシャ   紗英


「↑ 普通こう座るでしょ、この状況なら!」


「お、おう……」


 胡桃沢の勢いに飲まれ、生返事しか返せなかった。なんでこんなに必死になる。

 好きな子の隣の席になりたい中学生みたいな必死さをひしひしと感じるが、こんなこと言ったら火にガソリン注ぐレベルで炎上しそうなので、黙っておくことにする。

 沈黙は金なり。


「ま、まあ確かに真砂ちゃんの言う通りだね。じゃあ、サーシャ、となりにどうぞ」


「……やっとワタシ、アテウマ卒業」


「はいはい、宮沢っちは最後に座る! レディファーストくらいきっちりしてよね?」


「……申し訳ありませんでした、お嬢様方」


 確かにレディファーストの精神を忘れていた、反省。

 でも紗英が一番最初に座ってるんだけど。そのへんどうなの? 確かにパッと見は俺だけが男だけどさぁ。


 …………


 ああ、なんかまわりからの妬み視線を感じるのは気のせいではあるまい。客観的に見れば、紗英もサーシャも胡桃沢も、全員キレイどころだからな。

 紗英はエキゾチック美人、サーシャはミステリアス美人、胡桃沢は今どきの美人、という微妙な違いはあるけど。


「……どうしたのムツキ、亀の甲羅みたいな顔して」


「いや、俺に対して、死ね死ねビームがまわりから飛んできているようで悪寒が」


 まわりの視線が強烈すぎて、『亀の甲羅みたいな顔』ってのはいったいどういう顔なのかをサーシャに尋ねることすらできなかった。


「ところでみんな、何を飲むんだ? お詫びとして俺がもってくるよ」


 オープンカフェの飲み物はセルフでもってくることになっている。先ほどのレディファーストをおざなりにしたせめてもの贖罪の言葉。ついでに妬み視線からも一時逃れられる。一石二鳥。


「あ、じゃあボクはオレンジジュースで」


「真砂はコーラがいいな」


「ワタシは発酵飲料を」


「サーシャ、自分でとってこい。なんだよ発酵飲料って、ヤクルトでも飲むのか?」


「いいえ、ケフィアです」


「祖国に帰れ」


「ワタシの祖国は邪馬台国……その証拠にクロカミ……」


 いいかげんサーシャは無視しよう。紗英に対しては……ま、いっか。


「わかった、じゃあちょっと行ってくる」


 そう言って飲み物を取りに席を立った。混んでる日曜日。飲み物を用意せんという人もそれなりに多い。


 俺は一応自分の家フロイラインでの勉強のために、こういうところではコーヒーを頼むことにしている。

 あ、サーシャが何を飲みたかったのか聞いてなかった。まあいいや、罰ゲームでカルピスとコーヒーのブレンドにでもしてやろう。


 ──なんてくだらないことを考えつつ。


 それなりに待ったのち、無事四人分の飲み物を受け渡され、席へ戻ろうとすると。


 振り返ってすぐに、俺の前で立ち止まっている、女性二名の存在に気づく。

 ぶつからないようにと、目線を少し上げ、その女性の顔を見た。


「……!」


 呼吸が、一瞬止まる。


 目の前にいるのは、どこかのお嬢様然とした、縦ロールのやや派手めな美人と。

 その女性の侍女のように斜め後ろに立っている、耳まで見えるくらいのショートカットの女性。


「あなたは……」

「……まさか……」


 少し大人びたようだが、間違いない。

 中学時代のクラスメイトであった、御子柴朱音と、唐橋さくら。


 ──俺を嫌っていた御子柴と、俺に嘘の告白をしてきた、唐橋だ。


 予期せぬ再会。最初驚いたような御子柴だったが、すぐに目つきをきつく変化させ、俺をにらんできた。


「あら、まだ生きてらしたのね。あなたみたいな人格破綻者、どこかで殺されていてもおかしくないと言いますのに」


 相変わらずの毒舌ぶりだ。一方の唐橋は、ガタガタ震えながら青白い顔で、それでも俺から視線を外そうとはしない。


「あ、ああ……宮沢、くん……なんで……」


 そのせいなのだろうか、自分を客観的に見れるような心境になった。五年もたてば中学時代のクラスカーストなど関係ない。


 まだこいつらつるんでいたのか。しかしまあ、仲のいいことで。


 思ったのはそれだけ。

 五年たてば、意外とトラウマに対しても──


「睦月! 大変でしょう、飲み物運ぶの。手伝う……」


 そのとき、紗英が後ろから俺を呼んできた。

 飲み物を俺の手から受け取ろうとしたときに、御子柴と唐橋の存在に気づく。横線が瞬時に走った。


「……おや、御子柴さんに唐橋さんじゃない。久しぶりだね、五年ぶりくらいかな? 無駄に元気そうで何より」


 目を細めつつ、軽蔑も含む口調。紗英がこれだけ嫌悪感を表に出すのも珍しい。きっと大学の知り合いが見たら面食らうことだろう。


「はっ。カマ野郎がなにほざいておりますの? 成人してまでまだそんな恰好して、宮沢と道ならぬ関係だというのはやっぱり事実でしたのね」


 口が悪く気の強い御子柴は、言われたら倍にして返すのが標準装備だ。

 まあ、紗英との仲をあれこれ言われるのはもう慣れっこなので、俺は特にそれに関しては何も思うところないけど。


「幼なじみで無二の親友というのを、世間ではいつから『道ならぬ仲』っていうようになったのかな? そうだね、そういう意味で言うならば、御子柴さんも唐橋さんも道ならぬ仲だよね、はは。相変わらずお熱いことで」


「なんですって!?」


 ツンドラ口調。やばい、紗英が怖い。五年の月日は紗英をも強くした。


「あなたみたいな××野郎は、宮沢と××して××でいるのがお似合いですわ! 街中を堂々と歩かないで汚らわしい!」


 あ、御子柴がキレた。成人した今となっては滑稽にしか思わないな。

 こいつ、キレると極端に語彙が少なくなるからなあ。中学時代から変わらない残念さだ。しかもチョメチョメとか繰り返すなよ、今は亡き山城○伍さんじゃあるまいし。


 そう思ったが、ややこしくしたくないので『沈黙は金なり』を貫こう。


「人を傷つけておいて、何も悪びれず生きている方が××野郎だと思うけどね。そのあたりどう思う、睦月?」


「おい、俺に振るなよ」


 だから俺は無駄に争う気はないっての。


「黙りなさい! なによあんたたちだって××な××のくせに、××されて××しちゃえばいいのよ!」


「ふーん、相変わらずだね御子柴さんは。あの頃と同じ、性格破綻女王のままだ」


「こ、この、××!!!」


 声を荒げないでくれ。まわりの視線が痛い。

 あ、いいかげんチョメチョメばかりではギャグにもならんので、自粛はそろそろやめとこう。


「なによ、あんたたちなんて、相変わらず女子からも相手にされてないんでしょう!? こんなところに男二人で来るくらいなんですから!」


 いやさ、たしかに動物公園に男二人で来るっていうのはあれかもしんないけどね、女二人ならいいのか。それも差別だな、男女雇用機会均等法に項目を増やしたい。


「あー、いたいたー! 何やってんの宮沢っち、ただ飲み物もってくるだけなのに遅いよー!」


「うわっ」


「まったくもー、デートなんだから、カノジョをちゃんと思いやってよね?」


 心の中だけでボケをかましていたら、突然胡桃沢があらわれ、俺の右腕をうしろから引っ張ってきた。面食らったせいで、プラスチック容器に入ったコーヒーを地面に落としてしまう。

 ああ、もったいない。


「サエ、ミイラ取りがミイラになってる。早くして、ダーリン」


 ついでにサーシャも、普段は出さないような猫なで声で呼びかけながら、紗英の左腕に巻き付いてきた。


 ごめんよサーシャ、百歩譲っても気持ち悪いぞ。あと胡桃沢、カノジョって誰だ。


 ──とはさすがにこの場で言えるわけもない。


 気のせいかもしれないが、怒りで顔を真っ赤にしている御子柴とは対照的に、その時の唐橋の顔はますます青ざめたように見えた。

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