誰のためのデートだ?

「まさか真砂だと認識すらされないとは思わなかったよ……」


「ワイもや」


 何とか合流したのち、黒髪の胡桃沢とサーシャがそうのたまう。

 あとサーシャ、おまえはどこの生まれだ。使う言葉くらい祖国に誇りを持て。


「いや、そんなこと言われてもなあ……だいいち胡桃沢、おまえ入学式の時から一貫して三橋ミツハシ色の髪の毛だったじゃないか。鳩だって硬直して豆鉄砲くらい食らうってば」


「ま、まあそうだね……サーシャちゃんもまさかこんな時に黒髪になるとは思わなかったし」


 いちおう俺と紗英は奇声をあげた言い訳をしとこう。男らしくないことこの上ないが。


「さすがに今日はマサゴが主役なので、マサゴより目立つわけにいかないし。みんなクロカミでお揃い。こういうの、いい」


 わかったようなわからないようなサーシャの主張。次に視線を右に流す。


「じゃあ、なんで胡桃沢はいきなり腹黒……じゃなかった、髪の毛黒く染めてきたんだ?」


「今日から私は! ってボケは置いといて。なーんか聞き捨てならない言葉が聞こえたけど?」


「気にするな」


「いやだってさ、宮沢っち、こっちのほうが好みでしょ?」


「……え?」


 思わず聞き返してしまった。

 俺そんなこと言った記憶ないんだけど。ないんじゃないかな。多分ないと思う。


 …………


 ひょっとして、平野さんと以前交わした会話を盗み聞きしてたのか?

 ただな、誤解すんなよ。俺は内気で黒髪がきれいな女子と言ったはずだぞ。あと胡桃沢が内気になれるとは到底思えないからな、そこが一番大事なのに。


 まあ、ただ内気だけ当てはまっても、嘘告とかするようなのは勘弁ではある。ああ、ここでまたトラウマが。


 …………


 いかんいかん。

 このままではまた紗英に『女心がわからない』とか糾弾されてしまうだろう。ここはひとつ、胡桃沢のことをほめねば。


「……いつもと違う胡桃沢も新鮮でいいんじゃないか。さっきも言ったけど悪くない」


 俺の精いっぱいのおべっかに先に反応したのは、胡桃沢ではなくサーシャのほうだった。


「……ムツキ?」


「あ、もちろんサーシャもな」


「ムツキが気づかいしてる……これはもうすぐ大地震が起きる前触れ……」


「そういうとこだぞサーシャ! ああ新鮮だよ、釣り上げられてすぐさま締められた冷凍マグロのように新鮮だよ!」


「新鮮……キロ当たり……二百万くらい?」


「たかだか学生のデートに、ご祝儀相場など存在しないからな?」


「ならばワタシは、一億とんで二百六十万の価値あるオンナ……」


「逆算して体重公表するぞ?」


 相変わらず飄々ひょうひょうとしたサーシャはともかく、胡桃沢はご機嫌な感じなのでまあ無問題。

 そういや黒髪のインパクトが強すぎて服とかに目がいってなかったけど、ハーフアップの髪型も合わせて、胡桃沢の今日のファッションが清楚かわいい系だな。ロングのフレアースカート姿なんて初めて見た。サーシャなんか普段着みたいなジーンズ姿なのに。


「まあ、宮沢っちの初めてのデートだから、より印象に残るほうを選択したって感じかな。ドキッとしてくれたならそれでよし! さ、時間がもったいないしいこーよ!」


 最後にそう締めた胡桃沢の一言で、不覚にも少しドキッとしてしまった。思うつぼだが、改めてこれがデートだということを思い知らされてしまう。


「ワタシ、アテウマ」


「……」


 サーシャの余計な一言は無視するとして。

 まあ、いいや。サシで対峙するわけじゃないから。

 そう思うとドギマギはすぐに消えた。


「……そうだね。じゃあみんなで行こうか」


 サーシャと紗英に向け、同意を求める。


「さんせーい」


「アルカリ性」


「いやそこは塩基性って言おうよサーシャちゃん……」


「ワタシ、ブンケイデース!」


「……」


 サーシャだけは、ほっといてもいいかもしれないと思い直した。

 ついでに、この中で中性は紗英だな。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして動物公園内。


「……紗英、なんだあの奇天烈キテレツなケモノは」


「えーとね、あれはエリマキキツネザルだよ」


「キツネなのかサルなのかはっきりしない名前だな」


「あはは、キツネザル科っていうのがあるからね。マダガスカルとかに生息してるみたい」


「……」


「……」


 割と珍しい動物がいるので、結構にぎわうこの公園。

 紗英はこういうのに詳しい。ガイドがいるって便利だなー。


「おー、すごいなあの真っ赤なフラミンゴ」


「うん、あれはベニイロフラミンゴだね。体長も結構大きいよねえ」


「だな。フラミンゴって白のイメージしかなかったけど」


「あっちにいるのは白いよ。あれはコガタフラミンゴかな」


「……」


「……」


 家族連れも多いし、よそ見してると人にぶつかりそうな混雑っぷりだ。

 人波をかき分けるよう、俺たち四人は気ままにあちこちを回っている。最初は気乗りしなかったけど、なんだか楽しくなってきた。俺も単純だわ。


 そんな中。


 ドンッ!

「ひゃっ!?」


 紗英が、向かい側から走ってきた子供にぶつかってよろめいた。

 俺は反射的にガシッと、隣にいた紗英の腰を抱え込む。


「あっぶないなー、まあ子どもだとはしゃぎたくもなるか」


「そうだね……ありがとう、睦月」


 転んで紗英の服が汚れなくてよかった……と俺は安堵したが。

 礼を言う紗英の笑顔とは対照的に、なぜか女性陣二人はぶすくれている。


「? どうした胡桃沢にサーシャ。珍しい動物がいっぱいだぞ、面白くないのか? そんな仏頂面して」


「……べっつにー。ああ、たのしいなあっと。あんぽんたん」


「ムツキ……そういうとこ。あといい加減、サエの腰から手を離して」


 理不尽。誘ってきたのはそっちなんだから、俺以上に楽しむのが当然じゃないのか?


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