腹黒いから髪の色が黒いわけではない

 さて。

 きょうは胡桃沢とサーシャ、そして俺と紗英。

 四人で動物公園に行く日だ。


 ちなみに現地集合なのだが、俺と紗英は近所も甚だしいわけで、結局行くのが一緒である。


「おはよう、睦月」


「……おおふ」


 予定より早めの出発。思わず紗英の恰好を見て変な声出た。なんすか白のブラウスに黒のジャンスカって。どこのアイドル衣装だよ。しかもアクセまで凝ってる。


 この恰好、紗英に気合いが入ってるのかはいってないのかわからん。せめてマニッシュな恰好ならばまだよかったのだが、このまま二人で行くとはたから見れば紗英とのデートだ。


「結局、女装そっちで決めたんだな」


「んー、まあいまさら男っぽい恰好していくのなんて、求められてないかなあって」


 需要と供給を即座に把握するとは、さすが紗弓さんの息子。俺にはない空気嫁能力。


 ……変なところで感心してないで、さっさと行こうか。


「そういえば、小百合ちゃん、今日のデートについて何か言ってなかった?」


「……」


 聞かれたくないこと聞いてくるなよ紗英。他人とのデート前に顔合わせたくないから、小百合が寝てるうちに出てきたってのにさ。

 俺は黙秘権を行使させてもらう。


「……なんで黙ってるの睦月?」


「……」


「なにか小百合ちゃんに対して、後ろめたいことでもあったの?」


「……」


「あ、そうだところでさ。ボクも小百合ちゃんとデートの約束してもいいかな?」


「誰が相手だろうと小百合は譲らないぞ」


 黙秘権崩壊。

 兄の嫉妬は美しい。古今東西、そう決まっているものだ。

 見ろ、兄の兄たる発言に紗英が感動して棒立ちのまま乾いた拍手を繰り返している。スタンディングオベーションとはこのことか。


「睦月にここまでのシスコンの素養があったなんて、ボクもびっくりだよ」


「何を言っているんだ、坪井家から帰宅した小百合が笑顔満開のまま上機嫌でいたら……」


「はいはい、姉にもそのくらいさせてよ。ボクは逆に睦月に嫉妬したけどね」


「……んあ?」


 紗英のどこに嫉妬する要素があったんだ? 


「まあ減るもんじゃなしいいでしょ。睦月がデートした後に、ボクも小百合ちゃんとデートの約束を取り付けようっと」


「もし小百合とデートする場合、ハグやチューは勿論だが、手をつなぐのも禁止するからよろしくな」


「デートっていったい……まあ、そりゃ小百合ちゃんはまだ中学生だし、手くらいはつなぐと思うけど、ハグとか過剰なスキンシップはしないからさ」


「……そこでチューはなぜ除外した?」


「……」


 なんだその沈黙。


「ま、まあ、これから真砂ちゃんたちとデートなのに、真砂ちゃん以外の話をするのもよくないよね、ね?」


 なんだその強引な話題転換。


 ……ま、でも確かにそうかもしれない。紗英に以前言われたことはちゃんと考慮して、胡桃沢に失礼なことはすべきでないか。

 確かにクラス内での立ち位置といいケバいセンスといい、中学時代に犬猿の仲だった御子柴朱音みこしばあかねを彷彿とさせるものがあるが、胡桃沢は少なくとも俺に敵意をむけたりはしないはず。

 それに割と面倒見がいいし、悪いやつじゃない。うるさいのだけはもう少し何とかならんかとは思ったりするけどな。


 それにしても、本当に今日のデートはどんなつもりで誘ってきたのかわからんちん。

 だからといって胡桃沢に『おまえ、俺に気があるのか?』なんてとっちめちんなどして、『そんなわけないでしょ! なにうぬぼれてるの、バカの上にナルシストとかサイテー』とか言われたら中学時代のトラウマがさらに濃くなるからできるわけない。トラウマってのは簡単に乗り越えられないからトラウマなんだよ。


 ま、難しいことは考えず、胡桃沢が宣言した通り『女心の勉強』と思っていく方が気楽だよな。よし、気を取り直して、動物公園までのモノレールに乗ろう。


 …………


 あの、お願いですからモノレール内の他の乗客さん。俺と紗英がぴたりと寄り添って乗ってるからって、カップルと勘違いしないでもらえませんかね?


 ………………


 …………


 ……


 モノレールに乗ること十五分余り。俺と紗英はまわりの生暖かい視線を一身に受けつつ、動物公園駅に着いた。

 胡桃沢&サーシャとはモノレール駅の改札近辺で待ち合わせをしている。


 休日なので、ちょっとだけ混雑している構内ではあるけど。

 まあ探すのは楽だろう、派手な金髪の女が二人並んでいるところを見つければいいだけの話だからな。


 えーと……


 …………


 ……あれ?


「睦月、真砂ちゃんとサーシャ、どこにいるかわかった?」


「いや……」


 見つからん。というか紗英も見つけられないってどういうことだ。

 サーシャはさびれたブロンド、胡桃沢はキンキンキラキラな夕日が沈むレベルの金髪。これだけ人がいようとすぐわかりそうなものなんだが……


 なんだが……


 …………


 ……


 などと狼狽えている俺の腕が、突然力強く引っ張られる。


「なにしてんの宮沢っち! さっきから呼んでるのに聞こえてないの? 耳垢掃除してる?」


 ちょっと甲高いこの声は、間違いなく胡桃沢の声だ。

 どこに隠れていたんだこいつは。


 ──などと思って、腕を引っ張ってきたほうを向くと。


「……えええ!?!?」


 髪が黒い。

 まるで胡桃沢の心の中のように真っ黒だ。


「……なんか失礼なこと、心の中でつぶやかれた気がするけど気のせいかな?」


「ちょ、おま、な、なんで髪の毛が黒くなってるんだ!? 気がふれたか!?」


 狼狽する俺を落ち着かせるためかそうでないかはわからないが、そこで腕を思いっきりつねられた。


「いてっ!」


「宮沢っちって、本当に女心分かってないね。ついでに扱いも慣れてない。まあ、は・じ・め・てのデートだから仕方ないけどねー!」


「……」


 なんすかこれ。

 いつもはつけまバリバリでケロンパもびっくりのキンキン髪の毛に、ケバいお水系メイクで化学科を仕切っていた典型的ウェイ系の胡桃沢が、黒のハーフアップにしてつけまもないナチュラルメイクをしている。

 同じ科のやつらに聞けば、十人が二十人とも『胡桃沢の気がふれた』と思うだろこれ。


「……そんなに、似合ってない?」


「……いや、そんなこと、ないけど」


「ほんと?」


「ああ、びっくりはしたが……悪くない」


 自信なさげに尋ねてくる胡桃沢に対して、俺はこっちのほうが好みだな、という言葉はさすがに吐き出せなかったが。


「……へ、へへーん」


 否定されなかったので少しは機嫌を直したか、そこで胡桃沢が少しだらしない笑顔になる。なんだこれ。胡桃沢のくせにかわいいじゃないか。


 などと思ってたら。


「ええええええ!?」


 なんか少し離れたあっちのほうからも、紗英の叫び声が聞こえてきた。

 なんだなんだ、紗英が驚くってことは、胡桃沢の変化に気づいたのか? いやでも叫び声は少し離れたところから聞こえてきたし、別の事件かもしれない。


 ──と思って、紗英の叫びが聞こえてきたほうを向くと。


「はあああああ!?」


 ちょっとだけバリエーションに富んだ叫び声を、再度俺はあげることとなる。

 なんせ、紗英の向かいにいたサーシャらしき女性が、黒髪だったからだ。


 なんだこいつら。

 なにがしたくて胡桃沢もサーシャも黒髪にしてんだよ。


 あと、サーシャに関しては。

 黒髪にブルーの瞳ってミスマッチだな、とか思ったのは内緒。







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