同じ科の懲りない面々

 ところ変わって講義室。


「……ぷいっ」


 えええ。

 化学科のアイスドールこと平野さんの視線が今日は一段と冷たい。いや、冷たいというか無視されているというか。


 反面。


「あー! 宮沢っち、ここ、ここー!」


 胡桃沢がハイテンション。こっちはいつものことかもしれない。

 小百合を気遣うあまり、喫茶店で胡桃沢を少しおざなりに扱ってしまったから、機嫌を損ねているかと思ったが、そんなことはなかった。


 …………


 紗英に言われたこと、少しだけ気にしておこう。

 別にデートに誘われたからって、その誘いを受けたからって、すぐに付き合うとか話が加速するわけじゃないし。

 胡桃沢相手であっても、いちおう気配りくらいはすべきだな。


 というわけで。

 俺は左に平野さん、右に胡桃沢という席にお邪魔することにする。

 ……両手に花って言ってもいいのか、これ? 


「はいはーい、きょうの理学部キャバ科はクールビューティーな氷見ヒミと、愛嬌たっぷりみるくのダブルキャストで接待しまーす!」


「……」


 勝手に源氏名つけるな。

 みろ、平野さんが呆れている。


「……宮沢君は」


「はい?」


 と思ったら、突然平野さんが話しかけてきて、俺は面食らった。


「胡桃沢さんみたいな、派手で明るい、キャピキャピ系の女子が好きなの?」


「……は? キャピキャピ系?」


 すっげえパワーワード出てきた。

 キャピキャピ系ってなに? ようは騒がしいパリピみたいな女子ってこと?


「……うーん、個人的には、やや内気で黒髪がきれいな女子も好きなんだけどね」


「……そう」


 勝手に納得している平野さん。ツッコまないよ?

 好きというか、一番仲良くなりたい女子は文句なしで小百合なんだけどな。


「でも、デートの誘いを受けたってことは、胡桃沢さんみたいな女子も嫌いじゃないのよね」


「ぶっ!」


 吹き出した。やっぱり聞いてるのねその話、平野さんも。

 そしておい胡桃沢、となりでしれっと聞き耳立ててんじゃない。

 回答がどうあろうと炎上待ったなしじゃないか。


「女子は、いろいろな魅力があると思うので。一概に型にはめたりはしない。けど、苦手なタイプってのはある」


「へ?」


「……どんな子?」


 おおう、苦し紛れの話題転換したらふたりとも食いついてきた。

 仕方ないのでオチをつけるか。


「嘘の告白をしてからかうような、純情を弄ぶようなのは苦手だよ」


「……」


「……」


 あいやー、ちょっと重苦しく言い過ぎた。

 いまさら『じょーだんだぴょーん』なんて言えやしないってこれ。


 ま、事実だけどね。

 今は何やってんだろう、唐橋あいつは──



 ―・―・―・―・―・―・―



「なあなあ睦月! 紗英きゅんがサーシャとデートするっていうのは本当か!?」


「何を今さら言ってるんだ永井よ。紗英に訊け」


 そして講義が終わると、今度は永井の阿呆が絡んできやがる。塩対応でいいわ面倒くさい。


「バカ言うな。そんなことできるかよ」


「ほう、おまえにそんな常識があったとは」


「当たり前だ。紗英きゅんみたいな大和撫子とサーシャのようなスラブ系美女。二人並べばそんじょそこらの二次元なんて目じゃないくらい尊いぜ」


 阿呆じゃなかった、ド阿呆だった。


「邪魔しにくんなよ」


「もちろんだ、見るだけだからな。紗英きゅんなら百合でもいける!」


「いや紗英はおとk」


「そして大和撫子の国境を越えたタワーを前に、俺は感動でナデナデシコシコ……」


「通報されたいのか!? それでもいいなら止めはしないがな!」


 だから紗英は男だっちゅーの。

 しかし永井の懐の深さには恐れ入る。さすが変態。


「……で、どこでデートを?」


「鴨山シーワールドだ」


「そうか! わかった。神に誓おう、邪魔はしない、ただ眺めているだけだと」


 単純ド阿呆変質者の永井よ。

 安心しろ、そこに神はいない。いるのは米子という悪魔すら子供だましに思える人間天災だけだ。

 いちおう無事だけは祈っておくからな。


 二大バカ、排除完了。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……疲れた」


 思わず紗英に愚痴を漏らす帰宅途中。


「あ、あは……真砂ちゃん、敵を作らなければいいんだけどね」


「知らんなあ。あいつ、三コマ目サボってとっとと帰りやがったし」


 疲れのせいかいつもより言葉が汚い俺である。

 小百合にはこんな姿見せないようにしないとならぬ、兄の尊敬が崩れそうだから。


「なんかヘアサロン行くって言ってたけど……明後日に備えてかな?」


「それこそ知らん」


「まあまあ。髪型変えたりして来たら、褒めてあげればいいだけだからね」


「……そういうもんか」


 気遣いっていうのは、男のほうに求められすぎてる気がする。


「そういうもんだよ。まあ、睦月も失礼のないようにしないとね」


「……善処する。まあ、一張羅くらいは着ていくことにするよ」


 うーん、でもおしゃれしてデートに行ったら、誤解されないか?

 胡桃沢に『なーんだ、宮沢っちもデート楽しみにしてくれたんじゃーん!』とか言われたりしたら、俺は何となく癪だ。


「まあ、着ていく服くらいはねえ。ところで、ボクは何を着ていけばいいんだろうね?」


「自分で決めろよ……」


 男装だろうが女装だろうが、サーシャは文句言わないと思うぞ。


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