噂が広まると逃げ場がない

「紗弓さん、金曜日あしたに帰ってくるんだって?」


「あ、うん。新規出店も話がまとまったみたい」


 今日は木曜日。

 いつもの通り紗英と一緒に大学へ行く、その途中での会話だ。


「そうなんだ。今度はどこへの出店だっけ?」


「宮城県NTRなとり市のイオムショッピングモール内だってさ」


「略し方に悪意を感じるなあ」


「気のせいだよ。あ、小百合ちゃんから聞いたの?」


「そうだけど」


「……ほかになんか聞いた?」


「いや。だから小百合が金曜日に紗英の家にお泊まりしたいってお願いしてた」


「……ふーん。そっか。あ、それでお泊まりの件はOK?」


「保護者の二つ返事で許しが出たから問題なし」


 付き合いの長い紗英のことだ、俺の態度から小百合がいらんことまで白状したのをうすうす気づいているとは思うが。

 あえて触れてくるような真似はしない。


「ところで」


 そこで話が変わった。


「睦月は、真砂ちゃんのことを、どう思ってるの?」


「はあ?」


 朝っぱらからする会話にふさわしいのかどうかわからない紗英の問いただし。

 俺のまぬけな返事を責めるかのように、紗英はさらに畳みかけてきた。


「あのさ、デートに誘ってきたってことは、真砂ちゃんが睦月に好意を持っているってくらい、わかるよね? 睦月はそれにどうこたえるのかな、って」


「……」


 そうなの?

 俺そんなにモテるタイプじゃないんだけど。というか小百合とのデートのことで頭がいっぱいだったわ。


「胡桃沢が俺なんかのどこに好意を持っているのか全くわからないんだけど」


「……ふえ?」


 今度は紗英が間抜けな返事を返してくる。

 なんですかこれは。


「どうせまた、いつものようにからかってきているだけだろ?」


「そんなことはないと思うけど……」


「それに胡桃沢って、御子柴みこしばに性格似てないか? なんだか中学の時のトラウマを思い出すわ」


「……まだ引きずってるの?」


「そりゃそうだ」


 手紙で呼び出され、告白されるかもと期待しながらのこのこ音楽室へ行ったら、女子数名が待ち構えていて『あんたバカー? なに告白されるの期待してるの、キモい』とか言われてみろ。トラウマは残るぞ。


 ドンッ。


「あああ、おはようむっちゃーん!」


 ベシッ。

 そんな中、体当たりかましてきた相手を反射的に平手でたたく。


「愛のムチいただきましたー!」


「出たなもうひとつのトラウマ米子」


「ん??」


 トラウマの話をすると間髪いれずに登場する人間天災米子。本当になんなんだこいつは。


「そーそ、ところでむっちゃん。クソビッチ真砂とデートするんだって?」


「先輩をつけろよデコスケ野郎。つーかなんでその話を知っている」


「得意げに自慢された」


「……」


「ホント、バッカよねー。『初デートの相手が真砂だ・っ・て、うふふ』とか調子こいて浮かれまくってたからー、むっちゃんの初デートの相手はあたしだよってはっきり言っておいた」


「あんたのはデートじゃなくて誘拐だ。ゆ・う・か・い。町中を巻き込む大騒ぎになったことすっかり忘れたか」


 機会があれば語ることもあるかもしれないが、この誘拐騒ぎは俺と米子さんを街中で有名にした忌まわしき事件だ。ひょっとすると市内で、かもしれない。


「だからあたしは過去は振り返らないんだって」


「借金で首が回らないから後ろを振り向けないだけだろ。あとちゃんと紗英に残りの金返せよ」


「えー? あたしまた胸元に手を突っ込まれて純潔と所持金奪われちゃう?」


「その汚い心のどこに純潔が残ってるのか小一時間問い詰めたい」


「あたし処女だよ? 信用しないなら今度はパンツの中に財布突っ込んどくからー、むっちゃん奪ってね」


「勝新〇郎か。というかカツアゲ回避の小学生みたいな隠し方すんな。あとその場合パンツに手ェ突っ込むのは紗英の役目だからな」


「ここはむっちゃん専用! ほら今でもむっちゃんが恋しくてジュンとしちゃってる……」


「言ってろ。紗英に譲るので精いっぱいだ、今の俺は」


「……ボクにも拒否権くらいはあるんだけどなあ……」


 麻薬と財布は一緒なのか。米子さんを相手にしていると頻発する頭痛がまたもや襲ってきた。


 しかししれっと、米子さんが処女だという割とどうでもいい情報まで手に入ったが、必要ないので記憶から廃棄しておこう。

 錯乱してこんな女とえっちなこと致したら身の破滅だよな。間違いなく。


「そいやさ、どこでデートすんの?」


「……鴨山シーワールド」


「え、マジで? あんのクソビッチ、どこでデートするとかは一切漏らさなくてさー」


 俺がとっさについた嘘に表情を変えた紗英だったが、アイコンタクトで事なきを得る。米子さんは気づいてない。セフセフ。

 そりゃまあ当然だろう。米子さんが邪魔しに来る可能性大だし。


 ……しかし、その可能性に気づいているなら、胡桃沢もわざわざ米子さんに自慢なんかしなければいいじゃん。そのあたりわからない。


「ま、邪魔しに来ないでくれ」


「わかってる、わかってるよー」


 はい、追加攻撃。

 これ以上話をややこしくされたらかなわん。


「じゃーね、むっちゃーん! あたしはちょっとだけ麻雀打ってくるー!」


「おいこら大学はどうした」


「必要な情報は手に入れたので大学に用はないでーす。じゃーねー! また日曜に!」


 そうして米子さんはすたこらさっさ。

 天災はしょせん天才にはなれなかった。


「……睦月、グッジョブ」


「ん」


 とりあえず紗英とハイタッチ。

 しっかし、胡桃沢。米子さんにまで自慢してるってことは……まさか、他の化学科のメンツにも?


 …………


 大学に行くモチベが消失してきたなあ。

 なんでこんなおおごとになるんだよ。

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